【海外市場調査】インド製造業はどう動いているのか?鉄鋼・自動車・インフラを貫くサプライチェーンと主要プレイヤーを徹底解説

はじめに:インド市場を「点」ではなく「面」で理解する重要性
世界経済の成長エンジンが中国からインドへとシフトする中、グローバル企業にとってインド市場の重要性はかつてないほど高まっている。特に「Make in India(メイク・イン・インディア)」政策やPLI(生産連動型優遇策)制度の推進により、インドは単なる巨大な消費市場から、世界の製造ハブへと変貌を遂げつつある 。

しかし、インド市場への参入や投資を検討する際、多くの企業が直面するのが「インド市場の複雑さ」である。広大な国土、多様な言語と文化、そして特有の財閥(コングロマリット)支配といった要素が絡み合い、市場の全体像を把握することを困難にしている。
本稿では、インド製造業を「点」ではなく「面」で理解するために、産業の最上流である鉄鉱石採掘から、中間材である鉄鋼、下流の自動車部品・完成車、そしてそれらを支えるインフラ建設に至るまでのサプライチェーン全体を俯瞰する。特に、東インドの鉄鉱石資源、タタ・スチールやJSWスチールなどの製鉄大手、UNO Minda(ウノ・ミンダ)やアショック・レイランド(Ashok Leyland)といった自動車関連企業、そしてインフラを牛耳るアダニ・グループ(Adani Group)の動向を紐解くことで、インド製造業のダイナミズムと成長の論理を明らかにする。
産業の起点:東インドに集中する鉄鉱石資源と製鉄大国インドの実力
鉄鉱石から鉄をつくれる国は世界でも少ない
製造業の基盤となる鉄鋼産業において、鉄鉱石から銑鉄を取り出し、最終的な鋼材までを一貫して生産できる「高炉メーカー」を持つ国は世界でも限られている。多くの中進国・途上国は、スクラップを溶かして鉄をつくる電炉メーカーに依存するか、半製品を輸入して圧延する単圧メーカーにとどまっている。
その中で、インドは豊富な自国産鉄鉱石を活用し、一貫製鉄能力を有する数少ない国の一つである。2025年のインドの粗鋼生産量は約1億6,500万トンに達し、日本の約2倍の規模を誇る世界第2位の鉄鋼生産国となっている。
なぜ製鉄所はオリッサ・ジャールカンドに集まるのか
インドの鉄鋼産業の最大の特徴は、その地理的な偏在性である。インドの鉄鉱石埋蔵量の大部分は、オリッサ州、ジャールカンド州、チャッティースガル州を中心とする東インド地域に集中している。特にオリッサ州は、インド全土の鉄鉱石生産量の約半分以上を占める最大の産地である 。

鉄鉱石や石炭といった重量のある原料を大量に消費する高炉製鉄所は、輸送コストを最小限に抑えるため、原料産地の近郊に立地するのが経済的合理性にかなっている。そのため、タタ・スチール(Tata Steel)のジャムシェドプール製鉄所(ジャールカンド州)やカリンガナガル製鉄所(オリッサ州)、JSWスチールの買収したBPSL(Bhushan Power & Steel)の製鉄所(オリッサ州)など、インドを代表する巨大一貫製鉄所の多くがこの東インドの「鉄鋼ベルト」に集積している。

2030年に粗鋼生産3億トンへ:日本企業も本格参入
インド政府は「国家鉄鋼政策2017」に基づき、2030年度までに粗鋼生産能力を約3億トンに引き上げるという野心的な目標を掲げている 。これに向け、国内大手は猛烈な勢いで設備投資を進めている。
また、日本の製鉄大手の参入も本格化している。日本製鉄はアルセロール・ミッタルとの合弁会社であるAM/NSインディアを通じてグジャラート州の製鉄所を拡張しているほか、JFEスチールはJSWスチールと合弁で方向性電磁鋼板の製造拠点を強化し、さらに東インドでの一貫製鉄所合弁事業にも参画している 。これは、インド市場の急成長を取り込むと同時に、高級鋼材の現地生産化(Make in India)というインド政府の要請に応える動きでもある。
鉄鋼の需要先:自動車部品・商用車メーカーが担う「Make in India」の最前線
鉄鋼産業が生み出した素材は、インド最大の基幹産業の一つである自動車産業へと供給される。インドの自動車市場は中国、米国に次ぐ世界第3位の規模に成長しており、サプライチェーンの現地化(ローカライゼーション)が急ピッチで進んでいる。
UNO Minda:日系企業との合弁で成長したインド最大級の自動車部品メーカー
インドの自動車部品産業を象徴する企業が、UNO Minda(ウノ・ミンダ)である。同社はインド国内外に78の製造拠点を持ち、スイッチ、照明、アルミホイール、音響システムなど多岐にわたる部品を供給するメガサプライヤーである 。
UNO Mindaの成長戦略の核心は、日系や欧米のグローバル部品メーカーとの積極的な合弁事業(JV)の展開にある。例えば、東海理化、デンソー、豊田合成など多数の日系企業とJVを組み、最新技術を吸収しながらインド国内での圧倒的なシェアを築いてきた。
さらに現在、同社は急速に進むEV(電気自動車)シフトへの対応を強化している。これまでの低電圧EV部品に加え、高電圧EV部品の能力構築を進めており、中国のInovance(イノバンス)と合弁でEV向けモーターなどの現地生産化にも乗り出している 。2026年度に向けて約235億ルピー(約410億円)の設備投資計画を発表しており、部品の現地調達率を高めようとするインド政府の政策と軌を一にしている 。
アショック・レイランド:インド商用車市場シェア2位の財閥系メーカーがEVバスで世界へ
自動車の完成車(OEM)セクターにおいて、乗用車市場ではマルチ・スズキなどの日系企業が強い存在感を示す一方、物流やインフラ建設を支える商用車(トラック・バス)市場では地場メーカーが市場を寡占している。タタ・モーターズと並んで双璧をなすのが、ヒンドゥージャ・グループ(Hinduja Group)傘下のアショック・レイランド(Ashok Leyland)である。
アショック・レイランドはインド第2位の中大型商用車メーカーであり、トラック市場で約30%以上のシェアを握る 。同社の強みは、堅牢な車体設計とインド全土に張り巡らされたサービス網にある。
近年、同社はEVバス分野で攻勢を強めている。EV子会社「Switch Mobility(スイッチ・モビリティ)」を設立し、インド国内の公共交通機関向けにゼロエミッションバスを供給するだけでなく、中東(UAE)の工場を拠点として欧州市場向けのEVバス生産も計画している 。これは、インド発の商用車メーカーが、グローバルなEVサプライチェーンの一翼を担う存在へと進化しつつあることを示している。
産業を支える基盤:港湾・電力・空港を握るアダニ・グループの成長戦略
鉄鋼やセメントといった基礎資材を大量に消費し、トラックが走り回る舞台となるのが、インド全土で進行中の巨大なインフラ開発である。このインフラ市場において、過去10年で最も急速に成長し、インド経済の「血液」を握るまでに至ったのがアダニ・グループ(Adani Group)である。
港湾から発電所まで:アダニが描く垂直統合型インフラビジネスの全貌
インドにはタタ(Tata)、リライアンス(Reliance)といった歴史ある巨大財閥が存在するが、新興のアダニ・グループの戦略は極めてユニークである。タタがITや自動車、鉄鋼など多角的なポートフォリオを持ち、リライアンスが石油化学から通信・小売へと消費者向けビジネスを拡大したのに対し、アダニは「インフラとエネルギー」に徹底的に特化している 。
アダニのビジネスモデルの真髄は、圧倒的な「垂直統合」にある。同社はインド最大の民間港湾(ムンドラ港など)を運営し、そこに輸入される石炭を自社の鉄道で運び、自社の火力発電所で電力を生み出し、自社の送電網で全国に供給する。近年では空港運営やデータセンター、さらにはセメント事業(アンブジャ・セメンツなどを買収)にも進出し、インフラの川上から川下までを完全に支配する体制を築き上げた。
モディ政権の「インフラ主導成長」と民間企業の役割分担
アダニ・グループの急成長は、モディ政権が推し進める「インフラ主導の経済成長」という国家戦略と完全に同期している。港湾網の整備、再生可能エネルギーの拡大(2025年までに25GWの目標)、国内サプライチェーンの強化といった政府のビジョンを、民間企業として最もアグレッシブに実行に移しているのがアダニである 。

2025年度上半期においても、同グループのインフラ事業(太陽光・風力発電設備製造など)は前年同期比で約70%の成長を記録し、グループ全体のEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)を大きく押し上げた 。
まとめ:インド製造業の産業構造から導く、海外企業の市場参入戦略
本稿で見てきたように、インドの製造業は単独の企業や産業が孤立して成長しているわけではない。東インドの鉄鉱石から生み出された鋼材が、UNO Mindaの部品やアショック・レイランドのトラックに形を変え、それがアダニ・グループが建設する港湾や発電所のインフラを支えるという、強固な「産業連関」が存在している。
海外企業がインド市場に参入する際、このサプライチェーンの構造を理解することは極めて重要である。
- 地理的優位性の理解:鉄鋼や重化学工業に関わる場合、原料産地である東部へのアクセスが競争力を左右する。
- ローカルパートナーの活用:UNO Mindaのように、インド特有の商慣習や政策に精通し、かつグローバル基準の品質管理ができる現地企業との提携が、市場開拓の近道となる。
- 政策との連動:PLI制度や「Make in India」など、政府の産業育成策に合致する投資(EV部品の現地化やグリーンインフラへの参画など)を行うことで、強力な後押しを得ることができる。
インドはもはや「安価な労働力を提供する工場」ではない。資源、巨大な国内市場、そして強力な地場コングロマリットが結びついた、独自の自立的な産業エコシステムを形成しつつある。この全体地図を正確に読み解くことこそが、インドビジネスを成功に導く第一歩となると言える。
情報参照先:
- Press Information Bureau, “Production Linked Incentive Scheme Strengthens India’s Manufacturing Sector,” 2025.(アクセス日:2026年6月24日)
- JETRO, “ポストチャイナ見据えたインドの製造業振興の可能性,” 2024.(アクセス日:2026年6月24日)
- IBEF, “Iron & Steel Industry in India,” 2026.(アクセス日:2026年6月24日)
- 毎日新聞出版(週刊エコノミスト ), “インド大解剖:伸びる鉄鋼生産 本格参入する日鉄とJFE,” 2026.(アクセス日:2026年6月24日)
- Indian Bureau of Mines, “Indian Minerals Yearbook 2022 – Iron Ore.”(アクセス日:2026年6月24日)
- IBEF, “Indian Steel Industry Report – Capacity & Policy Overview.”(アクセス日:2026年6月24日)
- 日本経済新聞, “インドで鉄鋼増産ラッシュ、JFEは30年に倍増 インフラ向け需要増,” 2026.(アクセス日:2026年6月24日)
- JFEスチール, “インドにおけるJSWスチールとの一貫製鉄所合弁事業について,” 2025.(アクセス日:2026年6月24日)
- MarkLines, “UNO MINDA (NK Minda Group ) (Minda Industries Ltd.).”(アクセス日:2026年6月24日)
- Precedence Research, “Uno Minda and Inovance Partner for EV Manufacturing in India,” 2025.(アクセス日:2026年6月24日)
- MarkLines, “印Uno Minda、235.6億ルピーの設備投資計画を発表,” 2025.(アクセス日:2026年6月24日)
- Ashok Leyland, “Ashok Leyland’s Net increases 124%. Truck market share up 31.1%,” 2022.(アクセス日:2026年6月24日)
- Sustainable Bus, “Ashok Leyland reportedly to produce electric buses for Europe at Switch UAE plant,” 2026.(アクセス日:2026年6月24日)
- ResearchGate, “STRATEGIC ANALYSIS OF ADANI GROUP,” 2023.(アクセス日:2026年6月24日)
- Adani Group, “About us | Growth with Goodness.”(アクセス日:2026年6月24日)
- Adani Group, “Adani Portfolio delivers Record H1 and TTM Performance,” 2025.(アクセス日:2026年6月24日)


