【海外成功事例】中国発「POP MART」は海外市場でなぜ成功したのか?東南アジアに見る消費者心理とグローバル戦略とは

はじめに
中国で生まれたデザイナーズトイブランド「POP MART(ポップマート)」が、世界のマーケットで異例の成功を収めている。同社はアジア・欧米を含む30以上の国と地域で500店以上の直営店と2,300台以上の自動販売機を展開し、2023年の売上高は約63億元(約1,323億円)に達した。株価もこの1年弱で4倍以上に急騰し、低迷する市場で期待の星となっている。東南アジア市場でも若者を中心に熱狂的なファンを獲得し、タイの1号店では開店日に売上高2億円超を記録し海外店舗として史上最高の出足となった。なぜPOP MARTは海外市場、とりわけ東南アジアでこれほど成功できたのか。本稿では、消費者インサイト(心理)の巧みな活用と独自戦略に焦点を当て、その成功要因を論理的に分析する。最後に、海外市場進出における事前調査の重要性にも触れたい。
POP MARTとは何か?
POP MARTは2010年に北京で創業したキャラクター玩具企業で、中国における「盲盒(マンホー)」と呼ばれるブラインドボックス玩具ブームを牽引してきた。ブラインドボックスとは、中身が見えない箱にフィギュアをランダム封入した商品で、開封するまで何が入っているかわからない。お気に入りのキャラクターを集める不確実性からくるワクワク感が若者の心をつかんだ。
ビジネスモデルとしては日本のカプセルトイ(ガチャガチャ)に似ているが、POP MARTはデザイン性の高いアートトイとしてブランディングすることで、「子供向け玩具」ではなく若年層や成人を狙ったコレクターズアイテム市場を開拓したのである。
その戦略は大当たりし、POP MARTは中国国内で急成長を遂げた。IPO目論見書によれば同社の売上高は2017年の約1.58億元から2019年には16.83億元へと2年で約10倍に拡大し、純利益も280倍以上に急増した。この爆発的成長の背景には、人気商品の知的財産(IP)を自社でしっかり握り、収益性を高めたことがある。つまり、他社キャラクターの単なる小売ではなく自社オリジナルのキャラクター商品を主力とするビジネスモデルへと転換したことが、国内市場での成功を支えた。
東南アジアを中心とした海外展開の軌跡
国内で確固たる地位を築いたPOP MARTは、近年その勢いを海外市場にも向けている。アジアではまず2022年5月にシンガポールへ東南アジア初の店舗を出店し、その後マレーシア、タイ、ベトナム、インドネシアへと拡大した。特に東南アジア市場での成長は著しく、2024年上半期の同地域売上高は前年同期比4倍超の5億6,000万元に達し、海外売上全体(※香港・マカオ・台湾含む)の40%以上を占める主要市場に躍進している。

東南アジア各国での盛り上がりを示す象徴的な例がタイ市場である。2024年7月、バンコク郊外の巨大モール「メガバンナー」にPOP MARTのキャラクター「LABUBU(ラブブ)」をテーマにした期間限定ショップがオープンした。開店前から長蛇の列ができ、当日の売上高は2億円を超え、単店1日売上として同社海外店舗の新記録を打ち立てている。このイベントはタイ国政府観光庁とのコラボ企画で、タイと中国の外交50周年を記念しタイ伝統文化のエッセンスを取り入れた限定版LABUBUフィギュアが発売された。
もともとLABUBUは東南アジアでファンの多いキャラクターだが、その人気に火をつけたのはタイ出身のK-POPスター、BLACKPINKのリサがLABUBUのチャームをInstagramに投稿したことだった。香港生まれ・オランダ在住のデザイナーが生み出したキャラクターを中国企業が商品化し、韓国発の世界的スターが紹介したことでタイで爆発的ヒットに至る――まさにグローバル時代ならではの現象といえる。
POP MARTは東南アジアで成功するために現地への適応も重視している。グローバルプレジデントのジャスティン・ムーン氏は「各国の文化を尊重し、ローカルチームに権限を与え、消費者と継続的に対話して市場理解を深めることが重要だ」と語っている。実際、東南アジア市場で急成長できた要因として、同社は「若く大規模なアートトイ収集層の存在、現地文化との深い融合、そして各地に存在する華人コミュニティ」を挙げている。またインターネット普及率が高くモバイル決済が浸透した東南アジアでは、ShopeeやLazadaといった現地ECプラットフォームも重要な販売チャネルとなっており、オンラインとオフライン双方からの攻勢で市場を開拓している。
なお、POP MARTの海外展開は東南アジアに留まらない。既に日本や韓国、欧米にも進出済みであり、2022年に欧州初となる直営店をロンドンに開店、翌2023年にはパリにも店舗を構えた。さらに2024年7月にはフランス・ルーブル美術館の商業ゾーン「カルーセル・デュ・ルーヴル」にポップアップ出店を果たし、中国メディアは「中国のIPが世界に認められた快挙だ」と沸き立ったという。
このように世界各地で次々と拠点を増やしつつ、各地域のファン層に応じた戦略を展開している。例えば地域ごとに人気キャラクターの傾向を分析し、日本では「Azura」、韓国では「Pino Jelly」、タイでは「CryBaby」といった具合に、国ごとにヒット作が異なることを把握してマーケティングに活かしている。緻密なローカライズ戦略が、海外市場でのスムーズな立ち上げに寄与しているのだ。
消費者インサイトを捉えたマーケティング
POP MART躍進の最大の原動力は、消費者の心理を巧みに捉えたマーケティング戦略にある。同社のターゲットである若年層~ミレニアル世代は、「所有欲より心の充足」を重視する傾向が強まっている。中国において経済成長が減速し将来への不安が広がる中、若者の嗜好はかつての「高級ブランド志向」から「落ち着いた暮らし」や「精神的な癒やし」を求める方向へシフトしている。まさにPOP MARTの可愛いフィギュアは、日々のストレスから解放されホッと安らげる「小さな幸せ」として支持を集めたと考えられる。
また、POP MARTは徹底した顧客共感型のブランディングを行っている。中国のマーケティング専門家Ashley Dudarenok氏は「POP MARTの顧客は単にオモチャを買っているのではなく、自分自身の象徴となるものを買っている」と指摘する。例えば、泣き顔のキャラクター「CryBaby」シリーズは「自分も泣き虫だから」といった理由で惹かれるファンがいるように、消費者はキャラクターに自分を投影し共感を覚えている。実用性のないフィギュアでも、デスクや部屋に飾れば日常に彩りと想像力を添えてくれる──そうした心の豊かさを提供している点が支持される所以である。
@popmartglobal Let’s dance with LABUBU—Who’s joining next? 👀 #popmart #themonsters #labubu #dancechallenge ♬ original sound – ⠀🧚🏽♀️
さらに、SNS時代ならではのコミュニティ形成とバイラル効果もPOP MART成功の重要な要素だ。TikTok上で「#popmart」を検索すれば大量の開封動画や購入品紹介がヒットし、YouTubeやFacebook、微信(WeChat)上でもファン同士が新商品の情報交換やコレクション自慢を行っている。あるフィリピンの熱心なファンは限定品を求めてシンガポールへ日帰り旅行し、台湾で4時間も雨中行列したという。こうした熱狂ぶりがSNSで拡散されることで、「自分も参加してみたい」という新たな購買層を呼び込む好循環が生まれている。実際、中国本土では会員登録者数が2024年末時点で4,600万人に達したと報じられており、ポイントシステムによるリピート促進策と相まって忠実なファンコミュニティを築き上げている。

中国発のブランドがここまで国際的な支持を得た背景には、単に「中国製品への偏見が薄れた」以上の理由がある。前出のDudarenok氏は「世界で最も競争が激しく消費者の要求水準が高い中国市場で鍛えられたこと」がPOP MART成功の土台にあると分析する。中国の消費者はデジタルネイティブで「安く早く良い物」を求めるわがままな傾向が強く、企業は猛烈なスピードで流行を追いニーズに応え続けなければ生き残れない。そうした環境で培われた顧客対応力の高さや、トライ&エラーを恐れない俊敏な商品開発サイクルが、海外市場でも的確に消費者の心を掴む原動力となっている。
独自IP戦略とライセンシングビジネス
POP MARTは事業の中核にオリジナルIP(知的財産)戦略を据えている。同社は世界各地のポップアーティストやデザイナーを発掘・支援し、彼らの生み出す個性的なキャラクターを商品化してきた。創業当初こそハローキティやマーベル、ディズニーなど有名IPとのコラボ商品も扱っていたが、2016年頃から「自前主義」を鮮明に打ち出し、自社オリジナルまたは契約デザイナーの独占キャラクターを主力に据える方向へとかじを切った。その結果、現在では売上の9割以上を自社開発IPまたは専属契約アーティストのキャラクターが占めており、他社IPとのライセンス商品は収益全体の1割にも満たない。人気商品のIPを自社で掌握することで、ライセンス料に依存せず高い利益率を確保できるビジネスモデルを築いた点は特筆に値する。
もっとも、他社IPを一切使わないわけではない。むしろディズニーやサンリオといった世界的ブランドとも提携し、それら既存キャラクターをPOP MART流のデザインでフィギュア化するなどコラボレーション展開にも積極的だ。競合たり得る大物キャラクターさえ自社シリーズに取り込んでしまう柔軟さは、同社が「キャラクター・プラットフォーム」として機能していることを示している。
また、ロサンゼルス在住のアーティストが架空のガールズバンドをテーマにデザインしたフィギュアシリーズでは、そのアーティスト自らが楽曲まで制作し発表するといったクロスメディア的な展開も行われた。POP MARTは公式サイトやSNSで各アーティストの経歴やキャラクターのバックストーリーを積極的に発信しており、「作品の裏にいる人」を前面に出すマーケティングによってファンの物語体験を豊かにしている。店舗に併設したギャラリースペースでキャラクター原画の展示会を開いた例もあり、商品をアート作品として演出することで「推しキャラ」への一層深い愛着を育んでいる。
こうした独自IPの強化と並行して、POP MARTは自社キャラクターのライセンシングビジネスにも乗り出している。その集大成とも言えるのがテーマパーク事業への展開だ。2023年9月、北京市内に同社初となる屋内型テーマパーク「POP LAND(ポップランド)」がオープンした。約4万平方メートルの園内にはMolly、Labubu、Skullpanda、Puckyなど主力キャラクターの大型展示やグッズショップ、キャラクターカフェ、アトラクションが併設され、初日から多くのファンで賑わったという。創業者の王寧(ワン・ニン)氏は「POP MARTを中国生まれのディズニーにしたい」と公言しており、テーマパーク開業はその野心を体現した一歩と言える。ディズニーのように自社IPで映画・アニメ・グッズ・施設と多角展開するにはまだ道半ばだが、単なるトイメーカーに留まらず「キャラクターIP企業」として価値を最大化しようとする戦略が伺える。
体験型リテール戦略の強み
POP MARTのもう一つの成功要因は、リテール(小売)体験の革新にある。競合他社が既存の流通網や代理店任せの販売に頼る中、POP MARTは直営店そのものをブランド体験の場に変えた。各店舗は人気キャラクターをテーマに内装が施されており、まるで小さなテーマパークのような没入空間を演出している。例えば上海の旗艦店は500平方メートルを超える2フロア構成で、未来的な宇宙船をモチーフに10の部屋が造り込まれている。

ファンたちは店舗ごとの趣向を楽しむために各国のPOP MARTショップを巡り、旅行プランに組み込むほどだという。実際、日本・シンガポール・ロンドン・メルボルンと世界各地の店舗を訪れた熱心なファンが、「次は上海の旗艦店に行きたい」とSNSで発信するケースもある。このように「聖地巡礼」的な購買体験を提供することで、単に商品を売る以上のブランドロイヤルティを生み出している。
また、POP MARTは独自の無人販売機「ROBO SHOP」を各地のショッピングモールや駅構内に多数設置し、消費者がいつでも手軽にブラインドボックスを購入できるようにした。オンライン通販に慣れた若者層にとって、24時間アクセス可能な自販機は手軽さとワクワク感を両立したチャネルであり、これも購買機会の拡大に一役買っている。事実、同社は中国本土で早くから阿里巴巴(アリババ)系のTmall(天猫)やショート動画アプリの抖音(TikTok中国版)でプロモーション展開し、リアル店舗とのO2O連携を重視してきた。2019年時点でオンライン売上は総売上の32%に達したとのデータもあり、フィギュア開封動画のライブ配信などオンライン施策と店舗販売を組み合わせたマーケティングで相乗効果を創出している。

このように、POP MARTは自社直営店+自販機+ECを三位一体で展開する独自の小売モデルを確立した。同業の日本発トイブランド「ソニーエンジェル」(Dreams社)が主に輸出やセレクトショップ経由で販売しているのとは対照的である。自社チャネルを押さえることで顧客データを直接収集・分析できる利点も大きい。蓄積された購買データは商品の企画開発や在庫管理にも活かされ、結果として顧客満足度の向上と利益率改善に繋がっているのだ。まさに垂直統合型のリテールイノベーションが、POP MARTの競争優位を支えていると言えよう。
POP MART成功の要因まとめ
以上を踏まえ、POP MARTが海外市場で成功した主な要因を整理すると次の通りである。
- 緻密な市場適応とローカライズ:国・地域ごとの消費者嗜好の違いを分析し、人気IPや販売チャネル戦略を現地ニーズに合わせて調整。現地スタッフの起用やコラボ施策で文化的親和性を高め、海外展開を円滑に進めた。加えて、中国国内で培った高速な商品展開力と高いサービス水準を海外でも発揮し、競争優位を確立した。
- 消費者心理の的確な把握:現代の若者が求める「小さな幸せ」や「自己投影先」としての商品価値を提供し、心理的ニーズを満たした。盲盒の驚きと収集欲を巧みに演出し、ブームを創出。
- 強力なオリジナルIPの育成:自社開発キャラクターを次々と生み出し、IPホルダーとして収益を確保。同時に有力IPとのコラボも取り入れ、話題性と多様な商品展開を両立させた。
- 体験重視の直営リテール展開:テーマ性あふれる直営店と大量の自販機ネットワークで、顧客に楽しい購買体験を提供。店舗巡りがファンのイベント化し、ブランドへの愛着とコミュニティ形成を促進。
- デジタルマーケティングとコミュニティ戦略:SNSやオンライン販路を駆使して認知を拡大し、開封動画・投稿でバイラル効果を発生させた。会員制度によるポイント還元でリピーターを囲い込み、膨大なファンコミュニティを構築。
終わりに:海外市場で成功するためには
POP MARTの成功事例は、海外市場攻略において消費者インサイトの深い理解と緻密な戦略立案がいかに重要かを示している。とりわけ東南アジアのように文化・嗜好の多様な市場では、現地消費者の価値観やトレンドを見極め、自社の商品・サービスをローカライズする工夫が不可欠だ。そのためには進出前の徹底した市場リサーチが前提となる。競合環境や購買力、消費者の嗜好や行動パターンまで丹念に調査し、自社の強みを活かせるポイントと潜在的なリスクを洗い出すべきである。幸い、現在はオンラインで多くの情報が得られる時代だが、やはり現地での生の声や文化的文脈を把握するには専門的な調査と分析が欠かせない。
POP MARTは「現地チームを信頼し、消費者との対話を通じて理解を深める」ことが海外成功の鍵と語っていた。この言葉は全てのグローバルビジネスに通じるだろう。海外進出を目指す企業は、事前の市場調査と周到な準備に十分なリソースを割いてほしい。現地の文化や消費者を理解し、それに寄り添った戦略を描ければ、自社にも第二のPOP MARTのようなチャンスが巡ってくるに違いない。入念なリサーチと現地への洞察こそが、海外市場での成功をつかむための第一歩なのである。
情報参照先:
- Pop Mart’s 200% Stock Rally Spurs Rush to Hike Price Targets|(アクセス日: 2025年7月15日)
- Labubu’s Mega Markups Make Pop Mart a $43 Billion Export Giant|(アクセス日: 2025年7月15日)
- POP MART: Unveiling an Innovative Retail Experience at the Louvre|(アクセス日: 2025年7月15日)
- Labubu: the tiny elf doll driving China’s most valuable toy company|(アクセス日: 2025年7月15日)
- The viral, ugly doll that’s taking Asia by storm is proving to be one heck of a cash cow|(アクセス日: 2025年7月15日)
- For Pop Mart, tiny blind boxes are big business|(アクセス日: 2025年7月15日)
- Labubu-maker Pop Mart diversifies into jewellery with new concept store|(アクセス日: 2025年7月15日)
- Pop Mart’s Shanghai Flagship Offers Immersive Brand Experience|(アクセス日: 2025年7月15日)
- Inside Pop Mart’s Global Expansion: Ashley Dudarenok Commentary|(アクセス日: 2025年7月15日)
- Pop Mart and Tourism Authority of Thailand Celebrate Diplomatic Ties|(アクセス日: 2025年7月15日)
- Pop Mart opens Pop Land Theme Park in Beijing|(アクセス日: 2025年7月15日)