【海外成功事例】インド発「マザーサン」が自動車部品で世界を制した3つの成長戦略とは?

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目次

はじめに

自動車業界では、近年「系列」に守られた日本のサプライチェーンが揺らいでいる。日産系列の大手サプライヤーであったマレリが経営破綻し、従来の強固な結びつきが盤石ではなくなったことは記憶に新しい。その隙を突くように、日本市場で存在感を急速に高めているのがインドの自動車部品メーカー「マザーサン(Samvardhana Motherson Group)」である。

直訳すれば「母と息子」という家庭的な名前だが、そのイメージとは裏腹に世界各地で積極的なM&Aを展開し、グローバルに躍進している新興勢力だ。本稿では、インド発の巨大サプライヤーであるマザーサンの軌跡と成功要因を、コンサルタントの視点から論理的に分析する。海外展開を図る日本企業にとって、マザーサンの戦略は貴重な示唆を与えるだろう。

インドの「マザーサン」とは?

マザーサングループは1975年、ヴィヴェク・チャンド・セーガル氏が母親と共に立ち上げた小さな事業に始まる。当初は銀の取引業から出発したが、1977年に電線製造に乗り出し、1983年には日本の住友電装(住友電気工業系)と技術提携して自動車用ワイヤーハーネス事業に参入した。マルチ・スズキ(スズキがインドで展開する自動車メーカー)向けにハーネスを供給したことが飛躍の足がかりとなり、1993年に株式上場を果たしている。

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2000年代以降、マザーサンは急速に事業領域とグローバル拠点を拡大した。ワイヤーハーネス事業から出発した同社は、顧客の「次はこれも作れるか?」という声に対し、「作っていないだけで、技術的には対応可能だ」として製品領域を広げてきた。実際、現在ではミラーシステム(後写鏡)、コクピットモジュール、樹脂・プラスチック部品、電子部品、照明システム、ゴム部品に至るまで、自動車に不可欠な多様なコンポーネントを手がけている。自社工場は世界40か国以上に広がり、従業員数は19万人超、グループ総売上高は2023-24年度で約3兆円(約203億ドル)に達し、世界トップ15位以内の自動車部品サプライヤーに成長している。もはやマザーサンは、インドに留まらずグローバル市場で無視できない存在である。

グローバル成長戦略の軌跡:M&Aと多角化による躍進

マザーサン躍進の原動力となったのは、大胆なグローバルM&A戦略である。同社は創業当初から海外展開志向が強く、1990年代末には「世界で信頼されるシステムサプライヤーになる」というビジョンを掲げていた。その一環で策定されたのが「3CX15戦略」と呼ばれる独自のリスク分散方針である。これは「特定の顧客・国・製品のいずれにも売上の15%以上を依存しない」というものだ。1990年代後半、当時主要顧客であったマルチ・スズキの販売減速により売上の約7割を失いかけた経験から、マザーサンは生き残りに必要な多角化戦略を痛感した。以降、新規顧客の開拓や製品ラインの拡張、そして海外市場への進出を加速させたのである。

具体的な展開として、まず自動車メーカー各社との合弁や提携を通じた事業拡大が挙げられる。1986年には住友商事との合弁でハーネス合弁会社を設立し、インド進出を狙う韓国・現代自動車とも早期に協業している。こうした取り組みで培った信用を背景に、2000年代初頭から本格的に海外企業の買収に乗り出した。マザーサンは「敵対的買収は行わず、すべて友好的に顧客主導で行う」ことをモットーとしており、最初期の海外M&Aは既存顧客の要請や協力のもとで進められた。2001年にはアイルランドの配線メーカーを買収(製造拠点は短期間で中東に移管)し、以降も欧州やアジアで小規模ながら着実に案件を重ねて経験を蓄積した。

転機となったのが2009年の英独ミラー大手「ビジオコープ(Visiocorp)」買収である。これは世界的金融危機で経営破綻した同社を、マザーサンが複数の自動車OEMからの後押しを受けて引き受けたものだった。わずか4か月の精査で買収を決断し、約143億インドルピー(当時のレートで約30億円強)という低廉な価格で手中に収めた。タイミングも見事で、買収完了直後に市場は底を打ち回復に転じたため、のちに振り返っても「最高のタイミングであった」とセーガル氏は述懐している。

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買収後の経営再建も迅速だった。マザーサンはまずビジオコープに巣食っていた大量の外部コンサルタントを排し(当時同社は投資ファンド管理下でコンサル依存が強かった)、現場の人材と顧客との直接対話による問題解決を徹底した。不要な工場は1か所だけ閉鎖し、他の17拠点は自社グループ内で役割再編・移管して生かした。さらに老朽化した生産設備には積極投資を行い、生産性と品質を向上させた。その結果、買収から半年ほどで新規受注が相次ぎ、2011年には対応しきれないほどの受注量となったためハンガリーに新工場を建設するまでに至った。ビジオコープ事業(後に社名をSMRに変更)は買収7年で売上が3倍に成長し、利益率も劇的に改善している。マザーサンはこの成功によって「危機下での逆張り買収でも的確に再生できる」という評判を確立し、一躍グローバル業界で注目を集めた。

勢いに乗ったマザーサンは2011年、ドイツの自動車内装・モジュール大手の「ペグフォルム(Peguform)」を買収する。売上規模1,370百万ユーロの大物案件だったが、周到なシナジー分析の末に実行に移された。ペグフォルムもまた買収時は業績不振だったが、マザーサン傘下で着実に立て直された。

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買収翌年には早速ドイツ高級車メーカー・ダイムラーとの新規取引を獲得し(それまでペグフォルムはVWグループ専属色が強かった)、ドイツや米国に新工場を建設するなど事業拡大を果たしている。2017年までの5年間でペグフォルム事業(現SMP)の売上高は約2.2倍に増加し、営業利益率も1%台から7%台へ飛躍的に改善した。さらに2017年にはフィンランドのワイヤーハーネス大手PKCグループを買収し、トラック・建機向け電装市場に進出している。こうした大型M&Aを次々成功させたことで、マザーサンは「買収巧者」としての評価を確固たるものにした。

現在までに同社が手がけたM&Aは累計40件を超え、拠点は世界中に400拠点以上広がっている。特筆すべきは、その多くが買収先企業の再生とグループ内シナジー創出に成功している点だ。マザーサンはM&Aの目的を「単なる規模拡大」ではなく「顧客ニーズへの対応力強化」と明確に位置付けている。事実、同社の買収案件は既存顧客から「この技術を手がけてほしい」「この国でも調達網を整えてほしい」といった要請に応える形で進められてきた。

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また買収先の立て直しに際しては、インド本社から管理者を送り込むのではなく「現地主体の経営に任せ、各工場固有の問題に合わせた処方箋を用意する」スタイルを取る。スペイン工場では塗装ライン刷新、ブラジル工場では需要減への対応といった具合に、現場ごとに最適解を見極めた。これは創業者セーガル氏の哲学とも一致する。彼は「我々は工場ごとに問診し、何が問題かを理解してから治療(改善)する医者のようなものだ。自動車メーカー(顧客)の協力なしに解決はできない」と語っている。まさに顧客と現場に根差した改革で買収企業を蘇らせてきたことが、マザーサン成功の大きな柱である。

「マザーサン」の成功要因とは

マザーサンの成長を支えた要因として、以下のポイントが挙げられる。

明確なビジョンと分散戦略

マザーサンは早い段階から「世界に通用するサプライヤーになる」というビジョンを打ち出し、それに沿った数値目標(5か年計画)や指針(3CX15戦略)を掲げていた。この明確な方向性が経営陣と社員の意思統一を促し、リスク分散のための多角化や海外進出を躊躇なく推進する原動力となった。日本企業でも、内需や特定取引先に依存しがちな中小企業は少なくないが、長期ビジョンとリスク分散戦略の明確化は持続的成長の鍵となる。

顧客志向と信頼構築

マザーサンは常に自動車メーカー(OEM)のニーズを起点に事業を広げてきた。元々マルチ・スズキへの納入から始まり、現在では独アウディやダイムラー、米フォードなど世界中の主要OEMを顧客に持つ。各社の要請に応じ「まだ作っていないだけ」の製品を次々と自前化・提供してきた姿勢は、単なる下請けではなくパートナーとしての信頼を勝ち得た証と言える。

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実際、前述のビジオコープ買収では複数の欧州OEMがマザーサンを支援し、買収後も積極的に発注を増やした。このような顧客との深い協力関係が、買収企業の再生にも不可欠な成功要因となった。日本企業にとっても、海外展開で現地企業や顧客の信頼を得ることの重要性は言うまでもない。相手の課題を自らの成長機会と捉え、Win-Winの関係を築く姿勢が求められる。

積極果敢かつ緻密なM&A戦略

マザーサンはリスクを恐れず積極的にM&Aを活用した。しかし「闇雲な大型買収」に走ったわけではなく、対象企業の技術や顧客基盤を冷静に精査し、自社にもたらす価値を見極めてから実行している。買収後の統合作業でも、文化的摩擦を最小化し、短期間でシナジーを顕在化させる手腕が光る。これは本社が現場を信頼し権限委譲する一方、必要な投資や人材は惜しまず投入するという「攻めと守りのバランス」によって実現している。

また財務面でも、内部留保と適度なレバレッジを駆使して過度な債務負担を避ける堅実さを持ち合わせていた。結果として、買収による財務リスクを抑えつつ企業規模を飛躍的に高めることに成功したのである。日本企業が海外企業を買収するケースでも、慎重なデューデリジェンスと統合後の明確な戦略、そして現地主体の運営を尊重する姿勢が重要だとわかる。

プロフェッショナル経営と組織文化

創業家企業でありながら、マザーサンは早期に経営のプロフェッショナル化を進めた点も見逃せない。創業者セーガル氏は同社が上場して間もない1990年代半ばに、自ら経営トップの座を降りて専門経営者に任せた。創業家はオーナーシップに徹し、日常の経営判断は各事業のプロに委ねることで組織の自律性と迅速性を確保している。このようなドライな意思決定体制は、急成長や多文化組織のマネジメントに有効に機能した。

さらにセーガル氏自身、「型どおりのコンサル理論よりもラテラルシンキング(水平思考)が大事だ」と述べており、既成概念にとらわれない柔軟な社風を築いている。実際、同社が手がけた買収案件44件はすべて順調に業績を向上させているとされ、「一足す一が十にも百にもなる」ような相乗効果を生み出すという自負がある。日本企業でもオーナー企業において後継への権限移譲が進まず成長が停滞する例は多いが、マザーサンのように人材を信頼し任せる組織文化は、グローバル経営で成功するための重要な条件と言えよう。

日本市場への進出と今後の展望

上述の通り、マザーサンはインド国内に留まらず欧米やアジア各国で事業を拡大してきたが、近年ついに日本市場への本格参入も果たした。2024年にはホンダ系列の老舗部品メーカーである八千代工業(燃料タンク・サンルーフ等を製造)を買収し、大きな話題を呼んだ。これはホンダが一旦TOBで八千代工業株を取得した後、マザーサン側へ譲渡するという異例の手法で行われ、日本の業界関係者に衝撃を与えた。さらに2025年にはホンダ系の排気系部品メーカー・ユタカ技研に対する買収提案(TOB)も明らかになっており、日本の自動車部品業界再編にマザーサンが深く関与し始めている。加えて、経営再建中の元日産系列マレリホールディングスの買収候補としてマザーサンの名が取り沙汰されるなど、日本企業にとって他人事ではない存在となりつつある。

マザーサンの日本進出は、日本の自動車産業にとって二つの側面を持つ。ひとつは脅威である。従来は国内メーカー同士の統合や、中国系資本の台頭が主に懸念されてきたが、インド系企業がこれほど大胆に食い込んでくるのは想定外だった企業も多いだろう。マザーサンはグローバルな調達力とコスト競争力を武器に、日本の部品メーカーがひしめく市場でもシェア拡大を図る可能性が高い。特にEVシフトなど環境変化で需要構造が変わる中、旧来の系列に安住していた企業ほど、生き残り競争で苦戦を強いられるかもしれない。

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しかしもう一つの側面は機会である。マザーサンは買収先の技術やブランド、人材を大切にし、必要に応じて資金とグローバル販路を提供することで共に成長するモデルを取っている。実際、八千代工業買収時にも「マザーサンの傘下入りは単なる外資による乗っ取りではなく、日本の部品業界全体の再編の一環である」と指摘する声もあった。日本企業にとっても、マザーサンのようなパートナーと組むことで、新興国市場へのアクセスや製品ポートフォリオ拡充が期待できるだろう。現にホンダは、自社系列の八千代工業やユタカ技研をマザーサンに委ねることで、インドを含むグローバル展開力を持つパートナーと協働しようとしているとも解釈できる。今後、日本の完成車メーカー各社が電動化や世界市場での生き残りを図る上で、マザーサンのような存在とどう向き合うかは重要な経営課題となるかもしれない。

おわりに:「マザーサン」の成功事例から学ぶもの

インドのマザーサンは、「母と息子」の小さな家族企業から出発し、わずか数十年で世界有数の自動車部品サプライヤーへと成長した。その背景には、時代の変化を捉えた大胆かつ緻密な戦略と、顧客・現場本位の経営姿勢があったことが分かる。日本企業、とりわけ海外市場進出を志向する中堅・中小企業にとって、マザーサンの成功事例は多くの示唆を与えてくれる。自社の強みを生かしつつ外部リソースを取り込み、グローバル市場で付加価値を高めていく発想——その重要性は今後ますます高まるだろう。

情報参照先:

この記事を書いた人

Shibasaki

記事編集長

海外で出会う人々との対話を何より大切にしています。
言葉の壁を超えて、その土地の人々と触れ合う中で見えてくる価値観の違いや共通点に、いつも新鮮な発見があります。
そんな経験を、読者の皆様と共有できることを楽しみにしています。

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