【海外市場調査】ペット用ウェアラブルデバイス市場はアジアが牽引:日本・韓国・インドの成功事例から学ぶ「予防的ウェルネス」戦略と市場進出の鉄則

はじめに:アジアが牽引するペットテックの未来
ペット用ウェアラブルデバイス市場は今、単なる位置情報追跡を超え、AIを活用したペット 健康管理という新たなパラダイムシフトの最中にある。この変革の動きを最も力強く牽引しているのが、アジア太平洋地域(APAC)である。
2023年時点での世界の動物用ウェアラブルデバイス市場規模は推定27.0億USDとされ 、その成長の鍵は、ペットの健康モニタリングという付加価値の高い機能への需要増加にある 。
特筆すべきは、APAC地域の市場成長率だ。2024年から2033年までの予測期間を通じて、APAC市場は年平均成長率(CAGR)17.3% という高い水準で成長すると見込まれており、これはグローバル市場の予測成長率14.3% を大きく上回っている。
アジアは、もはや世界のペットテックにおける成長エンジンであり、その成功事例から学ぶべき教訓は、グローバル市場への拡大を目指す企業にとって極めて重要である。本稿では、アジアの主要な成功事例として、日本の「PetVoice」の臨床的検証戦略、韓国の「Petpuls Lab」のAI感情分析による差別化、そしてインド市場における「FeTaca」のインフラ対応型ローカライゼーションを詳細に分析する。これらの事例は、いかにしてアジア企業が技術的な優位性(AI/機械学習)と、地域ごとの市場特性に合わせた戦略を組み合わせることで、グローバル市場での競争優位性を確立しているかを明確に示している。
ペットウェアラブル市場の全体像と成長ドライバー
APAC地域がペット用ウェアラブルデバイス市場のホットスポットとなった背景には、明確な経済的、社会的なドライバーが存在する。
市場規模と成長予測のダイナミズム
APACペット用ウェアラブルデバイス市場は、2023年時点で5億4,965万USDと評価され、2033年までに約27億1,061万USDに達する見込みだ 。この驚異的な成長率は、アジアが世界のペット デバイス市場において、単なる追随者ではなく、成長を主導する立場にあることを裏付けている。
製品セグメントでは、スマートカラー(首輪型デバイス)が依然として市場を支配しており、2023年時点で世界の売上高の61.58%を占める 。これは、高度な機能であっても、最も普及している首輪型というフォームファクタに統合する戦略が市場で有効であることを示している。

特に注目すべきは、各国市場の成長ポテンシャルである。
- 中国市場: 2030年までに8.7億USDに達する18.2%のCAGRで急成長しており、特に高度な健康検出機能が不足している「ブルーオーシャン市場」であると認識されている 。
- インド市場: 2024年から2030年までのCAGRは18.9%と、APAC地域で最も高い成長率を記録すると予測されている 。これは、ペットの飼育率の上昇と、健康・安全に対する意識向上、そしてスマートモニタリング技術の急速な進歩によるものだ 。
成長を牽引する主要要因:人間化とデジタル化の融合
市場拡大の核となるドライバーは、「ペットの人間化(Pet Humanization)」の進行だ。ペットの健康とウェルビーイングに対する懸念の高まり、ペットへの支出増加は、ペットオーナーが高価で価値の高い健康モニタリングデバイスに投資する意欲を高めている 。
また、インドや東南アジア諸国におけるスマートフォンの普及は、アプリ対応のペット デバイスの市場参入障壁を下げている 。都市部の富裕層では、慢性疾患に対する獣医療費の上昇への懸念から、ベーシックなトラッカーを飛び越えて、予測的機能を持つ高度でプレミアムなソリューションに直接投資する傾向が見られる。
この市場は、単に飼い主の数が横に拡大しているだけでなく、一人当たりの支出額が高いデータリッチなデバイスへの垂直的な拡大を見せているのだ。
技術革新は追跡から予防的ウェルネスへ
次世代の動物用ウェアラブルデバイスを定義するのは、AIと機械学習(ML)の統合である。市場の価値は、位置情報(GPS)の提供から、予測的なペット 健康管理へと確実に移行している 。
AIと機械学習(ML)の役割とインパクト:データが語る健康状態
市場規模では現在もGPSが43.56%のシェアを占めているものの、AI/機械学習(ML)分析技術は15.08%のCAGRで先行する最も急速に成長しているセグメントである 。市場の問いは「ペットはどこにいるのか?」から「ペットは健康なのか?」へと移っている。

AIパワードのアルゴリズムは、心拍数、呼吸数、睡眠パターンなどのバイタルサインや行動指標に関する膨大なデータを分析し、人間が見逃す可能性のある非常に微妙な変化を検出することができる 。これにより、ペットの家庭環境での行動を客観的に理解し、潜在的な病気の兆候をかつてないほど早期に特定することが可能となる 。
この技術革新は、感情や行動分析へと拡張している。例えば、韓国のPetpuls Labは、犬の鳴き声を喜び、リラックス、不安、怒り、悲しみという五つの感情に検出するAI搭載の首輪を発売し 、「世界初の犬の感情翻訳機」として販売している 。また、中国の巨大IT企業であるBaiduも、鳴き声を「痛い」「運動したい」といった基本的な人間のニーズ表現に翻訳するAIシステムの開発に取り組んでおり 、アジア圏におけるAIへの投資の深さが伺える。
獣医学・遠隔医療との連携による付加価値
ペット用ウェアラブルデバイスは、継続的かつ非侵襲的に主要な健康データを提供する能力により、「獣医学におけるゲームチェンジャー」と見なされている 。このデータは、ペットオーナーと獣医師が早期の病気の兆候を認識し、慢性疾患の管理や手術後の回復モニタリングに不可欠なものとなる 。
ウェアラブルと獣医学的遠隔医療(テレヘルス)の組み合わせは、ペットとオーナーにとってストレスとなる頻繁な通院の必要性を減らし、獣医師はリアルタイムのデータに基づいて情報に基づいた意思決定を行うことを可能にする 。
猫セグメントの戦略的重要性
ペットテック市場において、猫は戦略的に重要なニッチである。

猫は症状を隠しやすく、通院させるのが困難であるため、猫特有のバイタルサイン(水分補給の頻度、グルーミングパターンなど)の非侵襲的な継続モニタリングは、「診断の金鉱」であることが強調されている 。この領域で独自のソリューションを提供できれば、収益性の高い専門的なニッチ市場を確保できる。
アジアにおける成功事例と成功要因の深掘り
海外市場進出を成功させたアジア企業の戦略を分析することで、グローバル展開における競争優位性の構築方法を理解する。
株式会社PetVoice(日本):臨床的検証による市場信頼性の確立
日本のPetVoiceは、犬猫用の首輪型動物用ウェアラブルデバイス「PetVoice」を提供している。その戦略的ポジショニングは、一般的な活動量追跡ではなく、推定直腸温度、安静時心拍数(RHR)、安静時呼吸数(RRR)といった、特に心疾患などの慢性疾患の重要な指標となる主要なバイタルサインの継続的な測定に焦点を当てている 。
PetVoiceの海外市場調査に基づく台湾進出戦略は、市場での信頼性を確立することに特化している。最初のステップとして、心臓病専門の朱安信動物病院と外科専門の長青動物病院という、二つの専門獣医病院と連携した 。
この連携の目的は、単にサービスを導入するだけでなく、心臓病患者を対象とした共同研究プロジェクトを開始し、アジア獣医学フォーラム2026での共同発表を目指すなど、「臨床的検証のパイプライン」を構築することにある 。これにより、PetVoiceは単なるコンシューマエレクトロニクスから、エビデンスに基づく臨床的有用性を持つ「医療モニタリングツール」へと製品の位置づけを転換し、獣医師からの信頼を獲得している。これは、安価で未検証な競合他社の参入を防ぐ、高い信頼性の壁を築く上で極めて効果的な戦略である。
Petpuls Lab Inc.(韓国):AIと感情分析による差別化戦略
韓国のスタートアップであるPetpuls Lab Inc.は、2021年1月にAI搭載の犬用首輪を発売し、市場に大きな革新をもたらした 。その核となるのは、高度な音声認識技術により、犬の五つの感情を検出する能力を持つことだ 。
Petpulsの成功は、そのAIアルゴリズムの深さと科学的な検証プロセスに帰結する。
- 大規模データトレーニング: 異なるサイズの犬から1万件以上の鳴き声データを収集し、この大規模データセットを獣医師とペット行動学者によって感情ラベル付けし検証した 。
- 専門機関との協力: ソウル大学のAIベースの音声分析研究所と協力し、感情追跡において90%を超える精度を達成している 。
この製品は、ペットの人間化の最上位のニーズ、つまりペットの内部の感情状態を理解したいという欲求に直接訴えかける。単なる身体活動の追跡を超越することで、Petpulsは非常に感情的なセールスポイントを確立し、強力な消費者からの購買意欲を生み出している。さらに、韓国政府がペットテックを「国家戦略産業」と見なし、R&Dに2,500万USDを超える資金を割り当てているという支援体制 も、地元スタートアップのグローバル競争力を強化する重要な背景となっている。
FeTaca(インド):ローカライゼーションと接続性の最適化
APACで最も速い成長を遂げているインド市場 では、先進技術の導入だけでなく、現地のインフラ課題への対応力が成功の鍵を握る。
インドのトラッカー市場で成功を収めたFeTacaは、実用的な現地のインフラ課題を解決することで優位に立っており、4G接続を使用したインド全土でのリアルタイムGPS追跡を提供している 。
最も重要なのは、導入の容易さだ。FeTacaのデバイスは、多くの場合、SIMカードと12ヶ月または生涯無料のトラッキング/データサブスクリプションがバンドルされて販売されている 。これにより、別々の通信契約を管理する手間が省かれ、ランニングコストに敏感な市場でのユーザーエクスペリエンスが大幅に簡素化されている 。
APAC市場における成功の戦略的要素(共通の教訓)
海外市場、特に東南アジアを含むAPAC地域での成功事例から、再現可能で不可欠な戦略的要素を抽出する。
ハイパー・ローカライゼーションの徹底
アジアでの成功は、「ハイパーローカル戦略」を要求する 。これは、単なる言語翻訳を超え、ユーザーエクスペリエンス、マーケティングの物語、および流通チャネルを現地の好みに合わせて調整することを意味する。
特に発展途上国が多いAPAC地域では、価格への感度が高いため、段階的なアップグレードが可能なモジュール式機能セットを備えたミッドティア製品が必要となる 。北米に適した厳格で高価なオールインクルーシブ製品は、市場に合わない可能性がある。成功するには、FeTacaの事例のように、ローカルな接続性の問題(データサービスのバンドルなど)を積極的に解決し、信頼性の高いユーザーエクスペリエンスを保証することが求められる 。
技術的な優位性:AIとデータ分析への集中
市場の未来は、AIを活用した予測的ウェルネスへの移行にある 。RHR、RRR、感情の変化などの微妙なメトリックを継続的にモニタリングすることは、予防的ケアを重視するオーナーにとって最大の投資収益率を提供する 。
AIを活用した行動分析(例:分離不安に対する過剰な活動の監視 )は、生理学的バイタルサインを超えた独自の価値を提供し、テクノロジーを一般的なペットオーナーの懸念に直接結びつける。アジアの企業は、検証されたAIアルゴリズムや、その訓練に使用された大規模な独自のデータセット(例:Petpulsの1万件の鳴き声データ )を核となる知的財産として扱い、長期的な競争優位性を確保している。
信頼性の構築:臨床的・科学的検証の重要性
高価値のペット 健康管理デバイス(日本/PetVoice)の場合、専門の獣医クリニックとのパートナーシップを確保し、査読付きの学術出版を追求することは、市場参入と信頼性にとって極めて重要である 。

臨床的検証は、プレミアムな価格設定を正当化するためのメカニズムとして機能する。デバイスが深刻な病気の縦断的な管理に役立つことが臨床的に証明されれば、その認識価値は消費者向け商品から必要な医療費へと移行し、一般消費者向けトラッカー市場に蔓延する価格競争の罠を避けることができる。
将来の展望
ペット用ウェアラブルデバイス市場、特にアジア市場は、今後も技術革新と消費者の意識変化に牽引され、爆発的な成長を続けるだろう。市場は、臨床的に検証されたハイエンドな予防的ヘルスサービスと、新興経済圏での大量採用を目指す、ローカライズされ接続性が最適化されたトラッキングソリューションへと二極化する可能性が高い 。
日本の企業は、バイオロギングとAIに関する深い専門知識を最大限に活用し、PetVoiceのモデルに倣い、厳格な臨床試験とデータ検証を優先することで、競争上の堀を固めることが求められる。AIアルゴリズムの臨床データセットを迅速に拡大し、多国間での検証を確立することが、高価値の動物用ウェアラブルデバイス分野で優位性を確立するための具体的な提言となる。
2030年に向けたペットテックの未来像は、AI駆動の健康アラート、スマートホームシステムとの深い統合、そして血糖値連続測定(CGM)のような人間医療技術のペットへの応用へと向かっている 。このプロアクティブなパラダイムシフトを牽引するのは、他ならぬアジア太平洋地域から生まれる革新的で、臨床に焦点を当てた戦略である。
終わりに
本稿で分析した日本、韓国、インドの成功事例が示すように、グローバル市場、特に多様な文化とインフラを持つ東南アジアを含むアジア市場で成功を収めるには、一般的な情報に基づいた戦略では不十分だ。成功事例の背後には、市場ごとの価格感度、ローカルな接続性の課題(FeTacaの4Gバンドル戦略)、そして獣医師との信頼関係構築(PetVoiceの臨床連携)といった、特定のニーズと規制を深く理解する必要がある。
Archesでは、東南アジアの消費者の嗜好やニーズ、ライフスタイルなどを把握するための市場調査、競合他社の分析、効果的なマーケティング戦略の立案(文化や傾向を鑑みたマーケティング戦略を含む)、東南アジアにおける各種規制に関する情報提供、現地パートナーの紹介等、幅広く日本企業の海外進出を支援しています。
情報参照先:
- Grand View Research|Global Pet Wearable Market Size, Share & Trends Analysis Report|(アクセス日:2025年11月4日)
- IDEXX|The Future of Pet Health Monitoring: Wearable Technology in Veterinary Practice|(アクセス日:2025年11月4日)
- Nova one Advisor|Asia Pacific Pet Wearable Market Size and Research|(アクセス日:2025年11月4日)
- Mordor Intelligence|Pet Tech Market Size & Share Analysis – Growth Trends & Forecasts|(アクセス日:2025年11月4日)
- Markets and Markets|Pet Wearable Market – Global Forecast to 2024|(アクセス日:2025年11月4日)
- Data Bridge Market Research|Global Pet Wearable Market – Industry Trends and Forecast to 2032|(アクセス日:2025年11月4日)
- Grand View Research|India Pet Wearable Market Size & Outlook, 2023-2030|(アクセス日:2025年11月4日)
- GreyViews|Pet Wearable Market Size and Share Analysis – Growth & Forecast (2023 – 2030)|(アクセス日:2025年11月4日)
- ResearchGate|Smart Pet Collars Possess Potential in the Chinese Market|(アクセス日:2025年11月4日)
- Waltham Petcare Science Institute|How machine learning can track dog behaviour associated with illness|(アクセス日:2025年11月4日)
- Petpuls Lab|Petpuls Dog Emotion Translator|(アクセス日:2025年11月4日)
- Boaz Partners|The Future of Pet Health: Wearable Devices and Remote Monitoring|(アクセス日:2025年11月4日)
- PR TIMES|犬猫用ウェアラブルデバイス「PetVoice」、アジア初の海外展開へ。台湾の専門動物病院と連携し、心臓病患者を対象とした共同研究を開始|(アクセス日:2025年11月4日)
- Global PETS|South Korea’s drive to revolutionize pet tech|(アクセス日:2025年11月4日)
- Canon Marketing Japan|Canon Marketing Japan Inc. Invests in RABO Inc. through CVC Fund|(アクセス日:2025年11月4日)
- Grand View Research|South Korea Pet Wearable Market Size & Outlook, 2023-2030|(アクセス日:2025年11月4日)
- FeTaca|Best Pet Tracker in India 2025 – Why FeTaca Leads the Market|(アクセス日:2025年11月4日)
- Supertails|Pet GPS Tracker|(アクセス日:2025年11月4日)
- KisaCoreSearch|Eastward Expansion: Capturing Asia’s Pet Market Boom|(アクセス日:2025年11月4日)


