【海外成功事例】インド自動車メーカー「タタ」「マヒンドラ」に学ぶ市場戦略・製品開発・提携戦略とは?

はじめに
インドの自動車市場は急速な成長を遂げており、2022年には年間販売台数で日本を上回り世界第3位の規模となったとされる。特にSUV(スポーツ用多目的車)人気が顕著で、現在インド乗用車市場の販売台数の約6割をSUVが占めるといわれる。
このSUVブームは2020年頃から急拡大しており、インド市場のトレンドを象徴する現象である。こうしたダイナミックな市場環境の中、現地メーカーである「タタ・モーターズ(Tata Motors)」「マヒンドラ&マヒンドラ(Mahindra & Mahindra)」が近年際立った成功を収めている。本稿では、両社の成功要因を市場戦略・製品開発・提携戦略の視点から分析し、学ぶべきポイントを考察する。
インド市場で存在感を高めるタタ・モーターズ
タタ・モーターズはインド有数の財閥タタ・グループの中核企業であり、乗用車から商用車まで幅広い車種を手がける総合メーカーである。

インド国内ではスズキ系列のマルチ・スズキが販売台数シェア首位(約40%)を占めるものの、タタはトラック・バスなど商用車事業の強みも相まって総売上高でマルチ・スズキを上回る規模を誇っている。タタ・モーターズの売上はタタグループ全体の4割超を占めるほど大きく、同社はグループ内最大の収益源となっている。そんなタタがいかにして国内外で成功を掴んだのか、その戦略を紐解く。
新興層狙いの低価格車と国内市場重視
タタはインドの新興中間層の開拓に積極的であった。その象徴が世界一安い車として話題になった超小型車「ナノ(Nano)」である。2000年代後半、約10万円台という破格の価格でナノを発売し、“クルマが買えない層”を新規顧客として掘り起こそうとした。

結果的にナノは品質や安全性への懸念から商業的成功には至らなかったが、この“破壊的イノベーション”とも評された挑戦はタタの市場戦略の大胆さを示すものであった。また、タタは国内需要へのコミットメントが強く、インド各地で販売・サービス網を確立して地方都市や農村まで広域にリーチするマーケティングを展開したことも市場シェア拡大に寄与した。
多様なラインナップと技術革新への投資
製品面では、乗用車から商用車、EV(電気自動車)まで多岐にわたるラインナップ拡充に努めている。乗用車では小型ハッチバックからSUVまで自社開発を進め、近年のSUVブームにはコンパクトSUV「ネクソン(Nexon)」や「パンチ(Punch)」などを投入して対応した。

特にネクソンEVはインド国内でEV乗用車販売台数トップを記録するなど、タタは電動化の波にも先陣を切っている。積極的なEV開発投資により、電動車専用プラットフォームやコネクテッドカー技術の特許出願件数も大幅に増加したとされ、電動化・次世代技術への集中投資がタタ躍進の原動力となっている。さらに商用車部門でもCNGエンジン搭載トラックや電動バスの開発など、環境対応技術を取り入れた製品革新を行い、市場のニーズ変化に応じた製品戦略を打ち出している。
グローバルM&Aによるブランド・技術獲得
タタ・モーターズの成功を語る上で避けて通れないのが、2008年のジャガー・ランドローバー(JLR)買収である。タタは米フォード社から英国の高級車ブランドであるジャガーおよびランドローバーを23億ドルで買収し、両ブランドを傘下に収めた。

この大胆なM&Aにより、タタは世界的な高級車ブランドを手に入れただけでなく、先進的な自動車技術やプレミアム車開発のノウハウも獲得した。買収当初こそ経営再建に苦労したものの、タタ傘下でJLRはSUV「レンジローバー」シリーズの刷新などブランド価値向上に成功し、収益源へと成長した。
さらにタタは、他業種のグローバル企業とも積極的に提携している。例えばドイツのルネサスエレクトロニクス(旧NEC系)と車載半導体分野で協業し、電動化時代に必要な電子部品の内製化・調達強化を図るなど、自動車の枠を超えた異業種連携によって技術力の底上げを進めている。また、自社ブランド車のデザイン向上のためイタリアの名門デザイン会社とコラボするなど、グローバルリソースの積極活用もタタの戦略の特徴である。これらの提携戦略によって「インド的低価格・実用性」と「世界水準の技術・品質」の融合を果たし、タタは国内外で競争力を高めたのである。
以上のように、タタ・モーターズは大胆な国内市場攻略と破壊的製品イノベーション、そして果敢なグローバル提携によって着実に企業価値を高めてきた。従来「安価だが品質は二流」と見られがちだったインド製自動車のイメージを覆し、今やタタはインドを代表するメーカーとして世界市場にも存在感を示し始めている。実際、同社は2023年度に連結純利益が前年同期比で約74%増加する好決算を達成するなど収益面でも好調を維持しており、その成長持続性が注目される。
マヒンドラ&マヒンドラ:SUV特化戦略と提携による技術獲得
タタと並ぶもう一つの成功例が、インド財閥マヒンドラ・グループの中核企業であるマヒンドラ&マヒンドラ(以下マヒンドラ)である。

もともとマヒンドラは1940年代に米ウィリス社製ジープのライセンス生産から事業を始め、トラクターなど農業機械や商用車で実績を積んできたメーカーだ。そのDNAを受け継ぎ、現在ではSUV(スポーツ用多目的車)に特化した乗用車戦略で大きな成功を収めている。近年のインドSUVブームを捉えて台頭したマヒンドラの戦略を分析する。
SUV専業でニッチからマスへ
マヒンドラは早くからSUVとクロスカントリー車に注力し、他社がセダンや小型車に注力していた時期に頑丈で力強いSUV路線を堅持した。インドでは道路事情や大家族文化もあり、高床で大人数が乗れるSUVやMPVへの潜在需要が存在した。マヒンドラはそのニーズを掘り起こし、農村部から都市部まで「タフで頼れるインド製SUV」というブランドイメージを確立することに成功したのである。

代表的モデル「ボレロ(Bolero)」や「スコーピオ(Scorpio)」は、悪路にも強い頑丈さと求めやすい価格で地方の政府機関や企業、農村の個人ユーザーに広く浸透した。また、近年は都市部の若年層向けにデザイン性と最新機能を備えた「XUV700」や、本格オフロード車を洗練させた「新型タール(Thar)」などを投入し、富裕層・都市部市場も攻略している。その結果、マヒンドラはインドSUV市場で約20%のシェアを占めるまでに成長し、現代自動車やタタを抑えて国内2位グループに食い込んでいる。特に2023年には販売台数で韓国ヒュンダイを一時上回り、マルチ・スズキに次ぐ乗用車シェア第2位の座をうかがう勢いを見せたとも報じられる。まさに「SUV一本足打法」とも称すべき市場特化戦略が功を奏し、市場成長と相まってマヒンドラは大躍進を遂げた。
インドの自動車展示会で披露されたマヒンドラの次世代EV SUVコンセプト。長年にわたるSUV専業戦略が功を奏し、近年ではEV分野への大胆な投資にも踏み切っている。
伝統の頑丈さに先端技術を融合
マヒンドラ車の魅力は、一貫して「頑丈さと実用性」を追求してきた点にある。過酷な路面環境でも壊れにくくメンテナンスが容易なパワートレインや足回りを備え、商用ユースから日常使いまで信頼性重視の設計思想を貫いてきた。その伝統を守りつつ、近年では乗用車としての快適性・安全性を飛躍的に高めるため先端技術の採用を積極化している。例えば最新モデルでは、大型タッチスクリーンや高度運転支援システム(ADAS)を搭載し、コネクテッド機能も充実させて競合外資ブランドにも引けを取らないユーザーエクスペリエンスを提供している。
またマヒンドラは電動化への取り組みでも攻勢を強めている。2020年代初頭にはインド初の量産電気自動車となった「e2o」や電動SUV「XUV400 EV」を市場投入し、消費者からのフィードバックを蓄積。さらに2025年には新型の大型電動SUV「XEV9S」や「BE6」を発表し、本格的EVラインアップ拡充に踏み切った。同社は2027年度までに約1,600億ルピー(約2,600億円)規模をEV開発に投資する計画を掲げており、自社SUV販売の2割以上をEVが占めることを目指している。このようにマヒンドラは伝統の堅牢な車作りに加え、電動化・スマート化といった新技術への大胆なシフトを進めることで、製品競争力を維持・強化している。
買収と協業で補完資源を獲得
マヒンドラの成長史を見ると、巧みなM&Aと提携による経営資源の獲得が随所で光る。2000年代以降、同社はいくつかの海外自動車メーカーを傘下に収めてきた。代表例が2011年の韓国サンヨン自動車(SsangYong Motor)買収で、これはマヒンドラにとって初の海外完成車メーカー買収となった。

サンヨンは韓国市場向けSUVに強みを持つメーカーであり、その買収によりマヒンドラはSUV開発のノウハウやデザイン資産を手に入れた(※サンヨンは後に経営不振で2020年にマヒンドラが株を放棄し事実上撤退するものの、この提携で得た知見は残った)。

また2015年には、イタリアの著名自動車デザイン会社ピニンファリーナを買収し、デザイン面での国際水準の専門性をグループにもたらした。これによりマヒンドラ車のデザイン品質は飛躍的に向上し、従来「武骨で質実剛健」といった印象から「洗練され現代的なSUV」へとブランドイメージを刷新することに成功した。さらには米国の電動スクーター企業や国内外のスタートアップとの協業を通じ、EV用バッテリー技術やモビリティサービスのノウハウも取り入れている。
加えて、マヒンドラは国外大手との合弁や技術提携にも前向きだ。過去には米フォードとインド市場向けSUV共同開発で提携(後に計画中止)したほか、近年は独フォルクスワーゲンから電動車用プラットフォーム技術供与を受ける交渉も行われていると報じられる。これらの動きは、自社に不足する技術やプラットフォームを外部から迅速に取り込む戦略といえる。事実、マヒンドラの会長アナンド・マヒンドラ氏は、自社の成功にフォードや仏ルノーなど過去協業した海外メーカーへの謝意を述べるなど、外部パートナーの存在を積極的に認めている。こうした柔軟な提携姿勢が、同社の成長を押し上げた重要な要因となっている。大胆な投資にも踏み切っている。

以上のようにマヒンドラ&マヒンドラは、SUV一本に絞った市場攻略で需要拡大の波に乗りつつ、製品技術のアップグレードと外部リソース活用によってブランド価値を飛躍的に高めた。現在マヒンドラはインドで最も時価総額の高い自動車メーカーとなり、世界ランキングでも11位に位置付けられるまでに成長している。同社の時価総額は約3668億ルピー(約4.3兆円)と評価され、インド国内で長年トップだったマルチ・スズキや財閥系のタタ・モーターズを凌駕する水準に達した。これは市場がマヒンドラの将来性、特に電動化戦略の加速によるさらなる成長ポテンシャルを高く織り込んでいることの表れと言えよう。
終わりに
インドの自動車メーカーを中心に成功事例を見てみると、タタ・モーターズの果断な市場・製品・M&A戦略、マヒンドラの選択と集中によるSUV戦略と技術提携——これらに共通するのは、自社の強みを軸にしながらも環境変化に柔軟に対応し、外部リソースの活用も厭わない経営判断である。
インド市場は一見すると価格競争が激しく、参入難易度が高い市場に見える。しかし裏を返せば、巨大な人口と所得階層の広がりを背景に、多様なセグメントで成長機会が存在する市場でもある。日系企業がインドやその他の海外市場で成功を収めるには、現地の消費者嗜好や市場トレンド(本稿で取り上げたSUVブームやEVシフトなど)を表層的に捉えるだけでなく、なぜその変化が起きているのか、どの企業がどの戦略で成果を上げているのかを構造的に理解することが不可欠である。
そのうえで、製品・サービス開発やビジネスモデルのローカライズを行い、必要に応じて現地企業との提携や買収も視野に入れながら、自社に足りない経営資源を補完していく柔軟な戦略設計が求められる。
Archesでは、こうした視点に基づき、国内外の企業成功事例の調査・分析をはじめ、インド・ASEAN市場における業界動向の整理、現地調査を含めた実践的な市場調査・コンサルティングを通じて、日系企業の海外展開を総合的に支援している。
海外市場への進出や調査をご検討の際は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
情報参照先:
- ジェトロ|インド乗用車市場、2024年度は国内販売、輸出ともに過去最多|(アクセス日:12月16日)
- ジェトロ|スズキのインド四輪戦略の今|(アクセス日:12月16日)
- Digima〜出島〜|「インドの三大財閥タタ・グループとは」|(アクセス日:12月16日)
- Hoppin|インド自動車業界の新王者、マヒンドラの躍進|(アクセス日:12月16日)
- ロイター通信 日本語版|印マヒンドラ&マヒンドラ、新型電動SUV発売|(アクセス日:12月16日)


