【海外成功事例】「ルンバ」の牙城をどう崩したか?中国お掃除ロボット“新三強”に学ぶ、破壊的イノベーションと海外進出の勝ち筋

はじめに——市場の地殻変動と「ルンバ帝国」の終焉
世界の家庭用掃除ロボット市場は、今、歴史的な転換点を迎えている。かつて「お掃除ロボット」の代名詞であった米iRobot社の「ルンバ」は、2002年の登場以来、長らくこの市場で圧倒的な覇権を握ってきた。しかし、2025年から2026年にかけての動向は、その「一強時代」が完全に終焉したことを鮮明に物語っている 。

2025年12月、iRobot社が連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を申請したというニュースは、世界のビジネス界に激震を走らせた。同社は2021年のピーク時には市場価値約40億ドル(ピーク時)を誇っていたが、2025年第3四半期の売上高は前年同期比25%減の1億4,600万ドルにまで落ち込み、11四半期連続の赤字を記録していた 。この没落の背景にあるのは、単なる価格競争の激化ではない。中国メーカーを中心とした「破壊的イノベーション」と、圧倒的な「社会実装力」の差である 。
現在、世界シェアの頂点に立つのは中国のRoborock(ロボロック)である。2024年の出荷ベースで世界シェア1位を獲得し、2025年第1四半期には出荷台数シェアを19.3%にまで拡大させた 。これにECOVACS(エコバックス)、Dreame(ドリーミー)を加えた「中国新三強」が、今やグローバル市場のルールを書き換えている 。日系企業が学ぶべきは、単なる技術力ではない。市場の要求を先読みし、不完全であっても迅速に製品を投入し、ソフトウェア・アップデートで完成度を高めていく「アジャイルな実装力」の重要性である。
本報告書では、業界コンサルタントの視点から、中国メーカーがなぜ短期間でiRobotの牙城を崩し、世界を席巻するに至ったのかを、水平思考を用いて論理的に分析する。そこには、あらゆる家電・デバイス分野で起こりうる「構造的変化」への警鐘と、日本企業が生き残るための示唆が隠されている。
三者三様の成功モデル:ただの安売りではない「勝ちパターン」の分析
中国のお掃除ロボットメーカーは、決して一様ではない。各社は異なるバックグラウンドを持ち、独自の戦略で市場を切り拓いてきた。ここでは、ECOVACS、Roborock、Dreameの3社に焦点を当て、その成功の軌跡を詳細に分析する。
ECOVACS:老舗の「脱・下請け」戦略とグローバル・ブランドへの転換
ECOVACSは、1998年に掃除機のOEM(受託製造)メーカーとして産声を上げた 。同社の最大の転換点は、単なる製造請負業者からの脱却を目指し、自社ブランドの確立とR&D(研究開発)への巨額投資に舵を切ったことである。
同社は「サービスロボット」としてのエコバックス・ブランドと、スマート家電を扱う「Tineco(ティネコ)」ブランドの両輪で成長を続けている。2024年の通期売上高は165.4億元に達し、前年比6.7%増となった 。特筆すべきは、その収益構造の健全化である。2025年第1四半期の純利益は前年同期比59.4%増と、売上高の伸びを大きく上回るペースで拡大している 。

ECOVACSの強みは、初期段階から世界50カ国以上に展開した「早期のグローバル化」にある。同社はドイツに欧州本部を設置し、現地採用のスタッフによるローカライズされたブランド運営を行ってきた 。また、窓拭きロボットや芝刈りロボットなど、床掃除以外のカテゴリーへも早期に進出し、2024年には窓拭きロボットの海外売上高が214.8%増、芝刈りロボットが約3倍に急増するなど、多角化に成功している 。
Roborock:Xiaomiエコシステムの「申し子」からプレミアム路線への昇華
Roborockは、元々Xiaomi(シャオミ)のサプライチェーンの一翼を担い、圧倒的なコストパフォーマンスで市場を席巻した企業である。しかし、同社の真の成功は、Xiaomi依存からの脱却と、プレミアム・ハイエンド路線へのシフトに成功した点にある。
2025年第1四半期、Roborockは世界シェア19.3%を獲得し、確固たるリーダーとしての地位を築いた 。同社の2024年売上高は119億元を超え、前年比37.8%という驚異的な成長を記録している 。

同社の差別化要因は、LiDAR(ライダー)を用いたレーザーマッピング技術やAIナビゲーションの「標準化」を競合に先駆けて行ったことにある。iRobotが視覚ナビゲーション(カメラ)に固執し、暗所での精度やプライバシー問題に直面する中、Roborockはレーザーによる高精度な空間認識技術を全ラインナップに投入し、ユーザー体験を一変させた 。2026年には、ロボットアームを搭載し、従来の2D的な平面清掃から3D的な空間清掃(段差越えや隅の清掃)へと進化させた「Saros Rover」を発表するなど、常に技術の最先端を走り続けている。
Dreame:モーター技術というコアコンピタンスの横展開
Dreameは、「新三強」の中でも最も技術志向が強く、かつアグレッシブな多角化を進めている企業である。同社のコアコンピタンスは、製品の「心臓部」であるデジタルモーター技術にある。
Dreameは、世界最高水準となる毎分20万回転(200,000rpm)のデジタルモーターの開発に成功している 。この航空宇宙産業レベルのベアリング技術を用いた高速回転モーターは、掃除機の吸引力だけでなく、ヘアドライヤーの速乾性など、あらゆる製品の性能を底上げしている 。
同社の戦略は、このコア技術をベースにした「マルチプロダクト戦略」である。コードレス掃除機、ロボット掃除機だけでなく、2足歩行・4足歩行のロボット、さらには電気自動車(EV)市場への参入まで明言しており、2027年には超高級EVの発表を目指している 。2025年第1四半期の平均出荷価格が627ドルという高水準であることは、同社が「安売り」ではなく「高性能」で世界のハイエンド市場に受け入れられている証左である 。
共通する「3つの成功要因」:注視すべき勝ちパターン
お掃除ロボットの中国メーカーの躍進は、個別の企業努力だけでなく、彼らが共通して採用した「勝ちパターン」に起因している。日系企業が最も注目すべきは、以下の3点である。
「全部入り(All-in-One)」の標準化スピード
かつてのロボット掃除機は、「吸引のみ」か「拭き掃除のみ」の選択をユーザーに強いていた。しかし、中国勢はこの常識を破壊し、吸引、水拭き、さらにはゴミ収集、モップの自動洗浄・乾燥までを一台で完結させる「All-in-One」モデルを、驚異的なスピードで市場に投入した 。
市場データによると、2026年時点での世界のロボット掃除機市場の約61%を、こうした多機能な床用モデルが占めると予測されている 。日系メーカーが「モップの生乾きの臭いは大丈夫か」「水漏れのリスクはないか」と慎重に品質評価を重ねている間に、中国メーカーは「まず製品を世に出し、アプリのアップデートや次期モデルで解決する」というサイクルを高速で回したのである 。
ソフトウェアへの徹底投資とAIによる差別化
ハードウェア(吸引力)の差がつきにくい中、中国メーカーはアプリの使い勝手、マッピング精度、AIによる障害物回避で決定的な差をつけた。新機種の約60%以上にLiDARナビゲーションが搭載され、約48%でAIマッピングが採用されている現状は、もはや「ソフトウェアこそが掃除機の本体」であることを示唆している 。

iRobotが「掃除機としての完成度」を追求したのに対し、中国勢は「住環境を理解するモバイルAI」を追求した 。クラウドを介したマップ共有や、スマートホームハブとしての連携など、ソフトウェア・エコシステムへの投資が、ユーザーのスイッチング・コストを高める要因となっている 。
グローバル・インフルエンサー・マーケティング
中国メーカーは、マーケティング手法においても従来の家電メーカーとは一線を画している。彼らは各国のYouTuberやテック系メディアを最大限に活用し、デジタルネイティブな層に向けてダイレクトに価値を訴求した。
特に欧州市場での成功が顕著で、ECOVACSはドイツ、Roborockは北欧や東欧でトップシェアを誇っている 。単に広告を打つのではなく、テックメディアによる徹底的な比較テストで「機能性」と「コストパフォーマンス」を証明させる手法は、保守的な欧州の消費者の信頼を勝ち取ることに貢献した 。
日系企業への示唆:どう戦い、どう組むべきか
中国メーカーの躍進は、日本企業にとって大きな脅威であると同時に、学ぶべき「教科書」でもある。ここでは、日本企業が今後どのように立ち向かうべきか、あるいは協調すべきかを考察する。
「完璧主義」の罠:80点の社会実装力
日本企業の多くは、100点満点の製品ができるまで市場に出さない姿勢を貫く。しかし、変化の激しい家電・ロボティクス分野において、この姿勢は致命的な遅れを招く。中国メーカーは「80点の出来」で市場に投入し、ソフトウェア・アップデートによって機能を改善し、100点に近づけていく手法をとる 。
このアプローチの利点は、リアルな使用データの収集にある。ラボでのテストでは想定できなかったユーザー宅の家具の配置やペットの行動パターンなどのデータを数百万台規模で収集し、AIを学習させることで、後発が追いつけないほどの「賢さ」を築いている 。
垂直統合 vs 水平分業:製造密度の差
中国、特に深圳(シンセン)を中心とした地域には、モーター、センサー、組み立てまで、あらゆるサプライチェーンが極めて高い密度で集積している 。この「物理的な近さ」が、試作から量産までのリードタイムを劇的に短縮している。iRobotが供給網のコストと関税に苦しんだのに対し、中国メーカーはこの集積地の恩恵を最大限に受けている 。日系企業がこのスピードに対抗するには、自前主義を捨て、中国の卓越した製造エコシステムをパートナーとして活用する「水平分業」の視点も、戦略的な選択肢として検討すべきだろう。
残された市場(ニッチ・プレミアム)での戦い方
汎用的な家庭用市場がレッドオーシャン化する中、日本企業が勝てる領域は依然として存在する。
- 法人・医療・介護向け: 病院や施設では、家庭用とは比較にならないほどの高い除菌性能や安全性が求められる 。日本の病院での導入事例では、業務用ロボット掃除機の導入により清掃コストを年間36万円削減しつつ、清掃品質の向上に成功した例もある 。こうした「信頼性」と「運用サポート」が問われる領域は、日本企業の得意分野である。
- プライバシー配慮(カメラ非搭載): 2026年にはスマートホームのプライバシーリスクへの意識が世界的に高まっている。AIカメラによる室内監視に抵抗感がある層に対し、LiDARセンサーのみで高度なナビゲーションを実現する「プライバシー重視型」のハイエンド機は、欧米や日本市場でも一定の支持を得る可能性がある。
終わりに:あらゆる家電・デバイス分野で起こりうる「中国化」への警鐘
お掃除ロボット市場で起きた出来事は、決して特殊な事例ではない。液晶テレビ、スマートフォン、ドローン、そして現在進行中の電気自動車(EV)に至るまで、中国メーカーは「コア技術の獲得」「サプライチェーンの集積」「高速な社会実装」というセットで、既存のグローバルリーダーを塗り替えてきた。
Dreameがデジタルモーターの技術を宇宙産業やEVにまで広げようとしている事実は、彼らが単なる家電メーカーではなく、高度なテクノロジー・プラットフォーム企業へと進化していることを示している 。日本企業にとっての真の脅威は、掃除機という一つのカテゴリーを失うことではなく、こうした「イノベーションの仕組み」そのもので後れを取ることにある。
しかし、2026年の消費トレンドを見ると、過剰なテクノロジーへの疲れから、シンプルさや心の安らぎを求める「コンフォートゾーン」への回帰も始まっている 。技術で先行する中国勢に対し、日本企業は「人の心に寄り添う体験設計」や「究極の信頼性」といった、数値化しにくい価値をいかにテクノロジーと融合させるかが、逆転の鍵となるだろう。
情報参照先:
- 36Kr Japan|「打倒iRobot」中国・Roborock、24年上半期は大幅増収増益。ハイエンド掃除ロボ、米国市場で1位に躍進|(アクセス日:2026年1月27日)
- 36Kr English|Ecovacs’ 59% profit surge shows what works in the home robot race|(アクセス日:2026年1月27日)
- 36Kr English|The profit of Roborock is twice that of Ecovacs. The battle of floor-cleaning robots is spreading overseas|(アクセス日:2026年1月27日)
- 36Kr English|Why has iRobot, the pioneer of robot vacuums, fallen into bankruptcy?|(アクセス日:2026年1月27日)
- マイナビニュース|デジタルモーター技術がDreameの強み、日本市場での戦略|(アクセス日:2026年1月27日)
- CoherentMI|Robotic Vacuum Cleaners Market Size and Share Analysis 2026-2033|(アクセス日:2026年1月27日)
- IDC|Worldwide Smart Vacuum Market Shares, Units, 2025Q1|(アクセス日:2026年1月27日)
- Seeking Alpha|iRobot files bankruptcy as supplier takes control|(アクセス日:2026年1月27日)
- Trefis|From Roomba Pioneer to Bankruptcy: What Went Wrong at iRobot?|(アクセス日:2026年1月27日)
- The Business Research Company|Robotic Vacuum Cleaners Global Market Report 2026|(アクセス日:2026年1月27日)


