【中国スポーツ用品のグローバル戦略】東南アジアで拡大する「ANTA」の勢いに迫る

はじめに
近年、東南アジアや中国のスポーツ用品・スポーツウェア市場は、経済成長と高まる健康志向を追い風に急速に拡大している。アジア開発銀行の報告によれば、東南アジアのスポーツ用品・スポーツウェア市場は2024年の約75億米ドルから、2029年には約101億米ドルに成長すると予測されている。また、東南アジアではハイキングやキャンプ用品、水辺スポーツなどアウトドア志向の高まりや、ジム通い・ランニングの人気上昇なども見られる。さらに、東南アジアでは価格感度の高い消費者が多く、品質とコストパフォーマンスを両立した製品に支持が集まっている。こうした背景から、大手企業や地場ブランドを問わず、海外進出や新ブランド開拓による市場シェア争いが活発化している。
また中国国内でも、健康産業への政策支援やスポーツ施設整備の進展でスポーツ消費が拡大傾向にある。例えば、中国商務部など12部門は2025年に健康消費促進計画を打ち出し、スポーツ用品の普及や小型トレーニング器具の供給強化などを推進するとしている。こうして中長期的に見れば、東南アジア・中国両市場ともスポーツ用品ビジネスには引き続き大きな成長期待が持たれている。
ANTAグループの急成長と戦略
中国のスポーツ用品大手、ANTA(安踏体育用品)は、2024年の連結売上高が約1.085兆人民元に達し(本体売上708億元+アメリカン・スポーツ合弁377億元)、ナイキ、アディダスに次ぐ世界第3位に躍進した。その背景には創業者丁世忠氏による積極的なM&A戦略がある。
ANTAは2009年にイタリア発祥のアパレルブランド「FILA(フィラ)」の中国・大中華圏運営権を取得して以降、2019年にはフィンランドのAmer Sports(アメアスポーツ)社を中心とした買収グループを率いてこれを傘下化し、さらに日本の「Descente(デサント)」や韓国の「Kolon Sport(コーロンスポーツ)」、最近ではドイツ老舗アウトドア「Jack Wolfskin(ジャックウルフスキン)」なども取り込んでいる。これにより、ANTAグループは自社ブランド「ANTA」のほかに、FILA、Descente、Kolon Sport、Amer Sports系の「Arc’teryx(アークテリクス)」「Salomon(サロモン)」「Wilson(ウィルソン)」など多彩なスポーツブランドを展開し、“スポーツ版LVMH”を標榜するマルチブランド戦略を推進している。
実際、2022年には中国国内市場におけるスポーツシューズ・ウェア市場でANTAのシェアは20.4%となり、ナイキ(22.6%)に肉薄した。2025年までに中国首位を目指すなど大きな目標を掲げており、こうした国産大手の台頭は、これまで二強だった国際ブランドの牙城を揺るがしている。
ANTA傘下各ブランドの売上シェアをみると、2022年通年では自社ブランド「ANTA」が収益の約48.7%、FILAが約44.2%を占め、両者でグループ売上の9割近くを占めていた。2023年中間決算でも「ANTA」47.8%、「FILA」41.3%と高い割合を維持している。その一方、DescenteやKingKow(高級子供服ブランド)など新規ブランドは収益構成上まだ小さいものの、アウトドア分野のArc’teryx、Salomonやテニス用品のWilsonなどは高付加価値の専門分野で世界的なブランド力を有している。
ANTAグループ傘下ブランド
ANTAのマルチブランド戦略は、単一ブランドに依存せず、複数のブランドポートフォリオを通じて広範な顧客層にアプローチすることで、成長リスクの分散と収益の最大化を図るものである。それぞれのブランドが異なる市場セグメントやニーズに応じた製品ラインを展開しており、ミッドレンジからプレミアム、キッズからプロスポーツまで、あらゆるカテゴリーを網羅している点が特徴である。
・ANTA(アンタ):グループの基幹ブランド。主に中国国内と東南アジア向けのミッドレンジ商品を扱う。広範な店舗網と堅実な品質で安定した売上を支えている。
・FILA(フィラ):イタリア発祥のスポーツアパレルブランド。プレミアム感のあるデザインで若年層に人気が高く、「ANTA」ブランドに次ぐ収益柱である。
・Descente(デサント):日本の高級スポーツウェアブランド。機能性の高いウィンタースポーツ・アウトドアウェアに強みを持つ。
・Arc’teryx(アークテリクス)・Salomon(サロモン)・Wilson(ウィルソン):フィンランドAmer Sports傘下のブランド群。高機能アウトドアギア、スキー・ランニング用品、テニス用品で世界的知名度を有する。
・Kolon Sport(コーロンスポーツ):韓国発のアウトドアブランド。中国での独占合弁を通じて展開している。
・Kingkow(キングカウ):高級子供服ブランド。児童服市場の高級セグメントを狙っている。
東南アジア市場を「第2の拠点」と位置づけた戦略展開
ANTAは国内市場での成功を足掛かりに、近年は東南アジア(ASEAN)への本格的な海外展開を進めている。ANTAグループの幹部によれば、「東南アジアは中国に次ぐ第2の市場」であると位置付けられており、2024年1月には米国市場への参入も表明している。
拠点展開:タイ・マレーシア・シンガポール・ベトナムでの進出
具体的には、マレーシアとフィリピンにそれぞれ40店舗以上、シンガポールに4店舗を展開済みで、2023年にはタイ子会社を設立し、年内にさらに10店舗を新規開設予定である。タイでは、バンコクに大型フラッグシップ店をオープンし、NBA選手カイリー・アービングの限定コレクション発表イベントを開催するなど、ブランドの話題性と現地での認知度向上に注力している。このイベントには数千人規模の来場者が訪れ、現地メディアでも広く報道された。
さらにANTAはベトナムにも進出しており、ハノイやホーチミンなど都市部での販売網拡大を進めている。インドネシアやマレーシアでも店舗数を徐々に増やしながら、現地代理店との提携を強化し、地域ごとに異なる消費者ニーズに対応する戦略を展開している。特にインドネシアでは、若年層のスニーカーブームに着目し、SNSキャンペーンやインフルエンサー起用による認知拡大を図っている。
東南アジアでの需要特性と商品展開
こうした国々では都市化の進行と中間層の拡大により、スポーツファッションの需要が着実に伸びている。さらに、ASEAN諸国では気候やライフスタイルに応じた機能性ウェアや軽量シューズなどの需要も高まっており、ANTAはこれらに対応した商品展開を強化している。
ANTAの競争優位性は、価格競争力とローカルニーズへの適応力にある。たとえば人気バスケットシューズ「Shockwave(Kyrieコラボ)」は、タイ市場では100ドル未満で販売されており、ナイキのJordanシリーズ(127~230ドル)よりも大幅に安価に設定されている。これは価格に敏感な東南アジアの消費者にとって大きな魅力となっており、競合との差別化要因となっている。
ロジスティクスとEC戦略の展開
加えて、ANTAは販売拠点の拡充にとどまらず、ロジスティクス・デジタル戦略も強化している。シンガポールと上海に拠点を構えることで、ASEAN市場全体への迅速な商品供給とECプラットフォーム連携を実現している。将来的には、東南アジア現地での商品開発・共同企画なども視野に入れており、現地消費者とのエンゲージメントをより強固なものにしようとしている。
このようにANTAは、東南アジア市場において着実な展開を見せており、中国国外における第2の成長エンジンとしてのポジションを確立しつつあると言える。
他中国系ブランドとの比較
Li-Ning(李寧)
Li-Ning(李寧)はオリンピック金メダリストが創業したブランドで、国産スポーツ用品の代表格である。2008年北京五輪の躍進後、中国各地に4,000店以上を展開し、東南アジアや日本、欧州にも進出している。近年は「国潮(Guochao)」ブームに乗り、ハイファッション性の高いスニーカーも発表し、高級ブランドとしての地位を確立している。
また、欧米市場でもスポーツファッションの新たな選択肢としての認知が広がっており、NBA選手との契約などプロスポーツとの結びつきも強化している。
361°(スリーシックスティワン)
361°(スリーシックスティワン)は福建省発祥のブランドで、2016年リオ五輪の公式ユニフォームサプライヤーを務めた。
バスケットボールやランニングに強みがあり、価格帯は中価格帯に設定されている。東南アジアでは競争力のある価格設定を武器に市場開拓を進めており、学生層やライトスポーツユーザー向けのアイテム展開が目立つ。
回力(ワーリアー)
回力(ワーリアー)は上海発祥の老舗ブランドである。近年、レトロデザインの再評価により再ブレイクしており、価格は数千円程度と手頃である。とりわけZ世代の消費者層には「レトロ中国」カルチャーの象徴として人気が再燃している。海外展開は限定的ながら、欧州のセレクトショップなどでも取り扱いが始まりつつあり、ファッションアイテムとしての価値を高めている。
ANTAはこれら中国系ブランドと比べても、ブランドポートフォリオの広さ、M&Aを軸とした戦略、価格帯の柔軟性において大きな優位性を持つ。高級アウトドアのArc’teryxから大衆向けのANTAブランドまで、ターゲット層を広くカバーする点で他社を圧倒している。また、海外M&Aによるグローバルブランドの活用においても、Li-Ningや361°が主に自社ブランド戦略に依存しているのに対し、ANTAはより多層的・資本集約的な成長戦略をとっている点が異なる。
終わりに
東南アジアおよび中国のスポーツ用品市場は、依然として高い成長期待が寄せられる有望市場である。ANTAグループは国内トップから世界第3位へと急成長し、マルチブランド・グローバル展開によってそのプレゼンスを高めている。一方で、Li-Ningをはじめとする他の中国ブランドや外資系ブランドとの競争は激化しており、各社は異なるアプローチで市場開拓を進めている。

日系企業においても、ASEAN地域でのスポーツ用品・スポーツウェア市場調査や提携機会の探索は、成長機会を捉えるうえで欠かせない戦略である。
Archesでは、東南アジアの消費者の嗜好やニーズ、ライフスタイルなどを把握するための市場調査、競合他社の分析、効果的なマーケティング戦略の立案(文化や傾向を鑑みたマーケティング戦略を含む)、東南アジアにおける各種規制に関する情報提供、現地パートナーの紹介等、幅広く日本企業の海外進出を支援しています。
情報参照先:
- アディダスを超えた中国スポーツ用品大手「ANTA」、組織再編でグローバル展開を本格化 – 36Kr Japan – (アクセス日: 2025年5月9日)
- ドイツの老舗アウトドアブランド「Jack Wolfskin」を420億円で買収 – 36Kr Japan – (アクセス日: 2025年5月9日)
- デサントの中国事業、ANTAグループの力で急成長 年間売上高1000億元突破へ – 36Kr Japan – (アクセス日: 2025年5月9日)
- 中国スポーツ用品大手「安踏体育用品(ANTA)」、マルチブランド戦略で快進撃 – TM106 – (アクセス日: 2025年5月9日)
- ANTA Group | IBM – IBM – (アクセス日: 2025年5月9日)
- Anta’s masterstrokes – acquiring Amer Sports, dodging controversy – Jing Daily – (アクセス日: 2025年5月9日)
- アメアスポーツジャパン – Amer Sports – (アクセス日: 2025年5月9日)
- 中国のアンタ スポーツが「マイア・アクティブ」を買収、株式7割超取得 – Fashionsnap.com – (アクセス日: 2025年5月9日)
- 【銘柄インサイト】地場系ブランドが躍進、伸びしろあるスポーツ市場 ~安踏体育用品(02020)&李寧(02331)~ (アクセス日: 2025年5月9日)