【タイのトイレ市場調査】住宅・商業・公衆トイレの現状と将来性

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目次

はじめに——タイのトイレ事情

東南アジアのトイレ事情は国ごとに大きな差がある。経済成長とインフラ整備の進展に伴い、多くの地域で衛生的なトイレへのアクセスが改善されつつある。一例としてタイでは、保健当局の調査により全国の約99.8%の世帯が衛生的なトイレを有していることが報告されており​、東南アジア諸国の中でもトイレ普及率が極めて高い水準にある。

しかし、普及率が高い一方で、タイ特有の文化やインフラ事情がトイレ利用方法や関連市場に独自の特徴をもたらしている。例えばタイの多くのトイレでは使用後のトイレットペーパーを流さな習慣が一般的であり、その背景には排水管の未整備や細さがある​。このような地域特有の事情や生活様式の変化に着目すると、タイのトイレ市場には現状の課題と今後の成長機会が入り混じって存在していると言える。

Public restroom at park.


タイのトイレ市場を考える際、住宅用トイレ、商業施設用トイレ、公衆トイレの3つに分けて分析することが有効である。それぞれのカテゴリーで、利用者ニーズや設置者(個人、企業、行政)の要件が異なり、市場の成長要因や課題も多様である。本記事では、東南アジアのトイレ市場の中でも特にタイに焦点を当て、住宅・商業・公衆トイレの現状と将来性を論理的に分析する。また、日系メーカー(TOTOやLIXILなど)の現地展開状況や戦略、タイ独自のトイレ文化に関連する周辺商材(トイレットペーパー、ビデ、清掃設備など)の市場可能性についても掘り下げる。

住宅用トイレ市場:家庭のトイレ事情と課題

タイの家庭におけるトイレは、大きく分けて従来型のしゃがみ式(和式に類似)と洋式の水洗トイレの2種類が存在する​。都市部や新築住宅では洋式便座付きの水洗トイレが主流となりつつあり、生活水準の向上と共に快適性への志向が高まっている。一方、地方や古い住宅では依然として床設置型のしゃがみ式トイレも見られる。これらは手桶で水を流すタイプで、水洗設備が整っていないか不十分な地域で使われてきたものである。

タイの伝統的なしゃがみ式トイレは、床に据え置かれた陶器製の便器と水桶が備え付けられており、手桶で水を汲んで排泄物を流す方式である。このタイプは農村部など古い施設で見られるが、都市化に伴い洋式の水洗トイレへの置き換えが進んでいる。近年では衛生意識の向上も手伝い、住宅をリフォームして簡易水洗トイレを導入するケースも増加傾向にある。

住宅用トイレ市場の成長要因としてまず挙げられるのは、新規住宅建設と改築需要である。タイでは経済発展に伴い住宅不動産開発が活発で、マンションや戸建て住宅の新築が増えている。新築住宅には高い確率で最新の水回り設備が導入されるため、住宅設備市場の拡大がそのままトイレ需要の拡大につながっている。実際、アジア太平洋地域における衛生陶器・バスルームアクセサリー市場は2031年までに約2倍規模に成長すると予測されており​、東南アジア 住宅設備市場全体の成長がタイ国内のトイレ市場にも波及すると考えられる。

また、所得水準の向上により中間層が増加すると、より快適で高機能なトイレへの需要も高まる傾向がある。例えば、従来は高級品だった温水洗浄便座(いわゆるウォシュレット)への関心も徐々に高まりつつある。タイの一般家庭で日本のような多機能トイレが普及するには時間を要すると見られるが、衛生意識の向上や高齢化に伴う利便性ニーズの高まりは将来的なスマートトイレ市場の潜在成長要因と言えるだろう。

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住宅用トイレ市場の課題としては、インフラ整備の地域格差が挙げられる。上下水道や排水管の容量不足により、地域によっては最新型の水洗トイレを設置しても十分機能しない場合がある。特にトイレットペーパーを流せない配管事情は、各家庭の習慣にも影響を与えている​。紙を流さない代わりに、トイレ横に備えられたゴミ箱に使用済み紙を捨てる家庭が多く、日本人から見ると衛生面で驚くこともあるだろう。この問題は配管技術や下水処理能力の向上によって徐々に解消される可能性があり、それ自体が関連商材市場(流せるトイレットペーパーやディスポーザー等)の新たなビジネスチャンスともなり得る。

商業施設用トイレ市場:観光立国が求める快適性

タイは観光立国として知られ、バンコクをはじめ全国に多数の商業施設やホテル、レストランが存在する。こうした商業施設におけるトイレは、その国や店舗の印象を左右する重要な設備であり、利用者(顧客や旅行者)の快適性確保が第一に求められる。特にバンコクの大型ショッピングモールや高級ホテルでは、トイレ空間の清潔さやデザイン性にまで配慮が行き届いており、日本企業の高機能トイレや海外メーカーのデザイン性豊かな陶器が採用される例も多い​。

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タイ政府もまた、観光促進の一環として公共の場や商業施設におけるトイレ環境の向上に力を入れてきた。例えば2015年には観光スポーツ省が**「WC OKキャンペーン」を開始し、観光地のトイレ清掃基準を策定してパートナー団体に「WC OK」の認証看板を配布する取り組みを行った​。

その後も保健省が主導してHAS基準(健康=清潔さ、アクセスの容易さ、安全性)**を推進し、2005年以降の10年以上にわたる努力でタイ全土の71%の公衆トイレがこの基準を満たすまでになった​。清潔なトイレは観光客へのおもてなしの基本との認識が広がり、大型商業施設では約68%の利用者がトイレの清潔さに満足しているとの調査結果もある​。このように観光産業の発展と連動して、商業施設用トイレ市場では質的向上のニーズが高まっている。

成長要因として注目すべきは、高級商業施設やホテルの新規開業・リノベーションである。バンコクや主要観光都市では近年、富裕層や外国人観光客をターゲットにした高級ホテルやショッピングセンターが相次いで開発されている。こうした施設では「トイレが綺麗で使いやすいこと」が顧客満足度に直結するため、最新の設備投資が行われやすい。センサー式の自動水栓やタッチレスのハンドドライヤー、さらには空調や音響まで調整された高級トイレ空間を売りにするところもある。

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また日本のTOTO製ウォシュレットなど、高機能トイレを客室やパブリックスペースに採用する五つ星ホテルも登場しており、ウォシュレットを含むスマートトイレは富裕層旅行客へのアピールポイントになっている。実際、TOTOの温水洗浄便座「ウォシュレット」は世界的な需要増に伴いタイでも注目され始めており、現地工場で生産されたウォシュレットが日本を含む海外市場へも出荷されている​。

商業施設用トイレ市場の課題は、主に維持管理とコストの問題である。大規模施設では不特定多数が頻繁に利用するため、清掃の頻度やメンテナンス体制が不十分だとすぐに不衛生になってしまう。例えばタイ国内の調査では**病院のトイレに満足している利用者はわずか35.8%**との結果が出ており​、施設によって清潔度にばらつきがある。また古い建物では配管が細くトイレットペーパーを流せないため、利用客が誤って紙を流すと詰まりや悪臭の原因となるケースも見られる。こうした課題に対しては、配管設備の改修や定期的な排水管清掃サービス、利用マナーの啓発などソフト・ハード両面からのアプローチが必要であり、これ自体がビジネス機会ともなっている。

公衆トイレ市場:公共インフラとしての整備状況

公衆トイレとは、公園や駅、市場、観光地など不特定多数の人々が利用する公共のトイレを指す。タイでは前述のとおり、政府主導で公衆トイレの品質向上プログラム(HAS基準)が進められてきた経緯がある。2005年以降の取り組みにより公衆トイレの約7割が所定の衛生基準を満たすまでになった​が、裏を返せばなお3割程度は基準未達で改善の余地があることを示している​。

特に劣悪と指摘されるのが生鮮市場(濡れ市場)のトイレで、利用者の68.7%が「改善してほしい」と回答している。これは市場内のトイレが古く汚れやすい構造であったり、清掃管理が行き届いていないことに起因する。一方、清潔さで高評価なのは大型ショッピングモール内のトイレ(満足度68.5%)やガソリンスタンド併設トイレ(55.3%)であり​、民間運営で収益にも直結する施設では比較的高水準が保たれている。

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公衆トイレ市場における成長要因は、政府や自治体のインフラ投資である。タイ政府は観光促進や公衆衛生向上のため、引き続き公共トイレの新設・改修に注力する方針を示している。例えば地方行政が管轄するバスターミナルや鉄道駅、郊外の休憩所などでは老朽化したトイレ設備の近代化プロジェクトが進行中だ。これらには頑丈で掃除しやすい陶器製便器や節水型の水洗設備、さらには車椅子対応のユニバーサルトイレの設置など、新たな調達ニーズが発生している。また、一部の自治体では日本の技術協力を仰いで災害時にも利用可能な仮設トイレや、下水道未整備地域向けの簡易式浄化槽付きトイレの導入検討も行われている。こうした分野では、日本企業の豊富な知見が貢献できる余地が大きい。

公衆トイレ市場の課題は、収益性の確保と一貫した維持管理だ。公共のトイレは利用料を徴収しない場合が多く、維持管理コストをいかに捻出するかが常につきまとう問題である。そのためタイでは、一部の公衆トイレで数バーツ程度の使用料を課す運用も見られる。使用料収入や広告掲出などによって予算を補填しつつ、清掃員の配置や備品補充を持続可能にするビジネスモデルの模索が続いている。また、治安や安全面の配慮も重要で、公衆トイレ内の防犯カメラ設置や女性・子供が安心して利用できるレイアウト設計など、付加価値面での取り組みも求められている。

日系トイレメーカーの現地展開——TOTOとLIXILの戦略比較

タイのトイレ市場には、地元企業のみならず日本を含む海外メーカーも数多く参入しており、競争が活発である。中でも注目すべきは、日本の大手トイレメーカーであるTOTOとLIXIL(INAXやAmerican Standardブランドを擁する)の存在感である。これら日系メーカーは、高品質な陶器衛生器具や先進的なトイレ技術を強みに、タイ市場で確固たる地位を築いている。

現地市場における主要メーカーのシェアを見ると、トップはタイ資本のSCGグループ(ブランド名:COTTO)で約26.6%を占める。続いてTOTO(タイ)が20.1%、LIXIL(タイ)が17.2%でこれに続き、米国系のコーラー(Kohler)が16.3%、ドイツ系のヴィラー&ボッホが**5.8%となっている​。これら上位5社で市場の約86%を占有しており、残りを多数の中小企業がひしめく構図だ。すなわちタイの陶器製トイレ市場は「地元大手 vs 日系 vs その他海外勢」**の競争軸が存在している。

SCGグループ(COTTO

まずSCGグループ(COTTO)は、タイ最大手の建材メーカーであるサイアム・セメント・グループ傘下の衛生陶器部門である。実はCOTTOは1984年にTOTOとの合弁で設立された経緯があり​、高品質な陶器トイレの製造ノウハウを日本から導入して成長した企業である。

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